【04】事故物件
相田は実家からそう離れていない場所にある自宅アパートに帰還を果たす。駐車場で彼と別れ部屋に帰った。
寝室のベッドに腰を落とし、スマホを見ると、母から婚活パーティの首尾を
それを無視して、交換したばかりの宇佐美のアドレスにメッセージを送る。
『今日はありがとうございました。楽しかったです』と文字を打ち込む……。
そして、ふと彼がどうして自分を選んでくれたのか不思議に思い、訊こうとしたが、気恥ずかしさからまったくよい文面が浮かんでこない。
結局その質問は、次に会った時に直接しようと考えて『今度はいつ会えますか』と書き添えようとしたが、これも結局は恥ずかしくなってやめた。
お礼のメッセージだけを送信する。
そうして、手元のスマホから目線をあげると、ポスターの中で白い歯を見せて微笑む智也と目があった。
相田は何とも言えない罪悪感にみまわれ、浴槽に向かってシャワーを浴びた。
シャワーを浴びながら、彼と再び会おうと考えている自分に気がつき
そのあと、浴槽を後にしてパジャマに着替えると寝室に戻った。スマホを確認すると、宇佐美からの返事はまだきていない。既読もついていない。
その日は寝る事にした――
「それから、朝起きても彼からの連絡はなかった。既読もついていない。私は考えた。何か自分に不手際があって、宇佐美さんを不愉快にさせてしまったのではと……私は謝罪と私の何が悪かったのかを問うメッセージを何回か送った。しかし、やはり返事はこない」
この件が気がかりで、入稿期限間際の同人原稿がまったく進まなくなってしまったのだという。
「べっ、別に、その……彼の事など、どうでもよかったのだが……やはり、連絡がこないと気になるではないか。そうだろう?」
「はいはい、ツンデレ、ツンデレ」
桜井がそう言って肩をすくめると、レーザービームでも出そうな目つきで睨まれる。
「ごめんなさい……」
桜井は背を丸めて素直に謝る。
「それで、私は黒狛のマンションに向かった……」
相田は静かにそう言って、珈琲を口に含んだ。
住宅街の端と田園地帯の間に、ソレイユ黒狛はそびえ立っていた。
その玄関の硝子戸を、相田は少し離れた位置から
すると
相田はスマホを取りだし、宇佐美に開けてもらおうかと一瞬だけ迷う。
しかし、宇佐美は何の断りもなく訪れた自分をどう思うだろうか……途端に冷静になる。
そもそも、連絡がつかないのだ。宇佐美に頼むも何もない。
相田は迷う。
帰るか……ここで宇佐美が出てくるのを待つか……。
取り合えず、このままではマンションの玄関前でうろうろしている不審者なので、せめてスマホを耳に当てて電話中の振りをしていた。
すると、そこへ運よく買い物袋をさげた住人らしき老女がやってくる。
老女は相田の事を特に不審がる様子もなくにこやかに
これはチャンスだ。そう思った相田は「ええ……はい。また電話します」と、わざとらしいくらいの大声を出して、いましがた通話が終わった雰囲気を
そのまま一枚目の玄関扉を潜り抜け、老女に続いて風除室へと入る。
老女がオートロックの暗証番号を入力し始める。
番号は八六二。
相田は老女と共に二枚目の扉を突破する。
入ってすぐ右側にフロントがあったが人の気配はない。そのもう少し先の左右の壁には郵便受けが並んでいる。
そこを通り過ぎると右手に、応接の椅子や机や観葉植物の並んだロビーが広がっていた。
ロビーの奥の壁には三台のエレベーターが並んでいる。
相田は老女とは別のエレベーターに乗り込み、四階を目指した。
エレベーターが動きだし、壁に背をもたれた瞬間、どっと汗が吹き出した。
……これでは、まるでストーカーではないか。
ようやく自らの行動の異常性に気がつき、
昔からそうだった。たまに周りが見えなくなってしまう……しかし、こうも考える。
知人とまったく連絡が取れなくなったとしたら、誰だってこうするはずだ。
むしろ、平然として動かない方が狂っているのではないか。
これは正しい、極めて正常な行いのはずだ……そう自分に言い聞かせ、相田は呼吸を落ち着ける。
やがてエレベーターの箱は四階に辿り着いた。
扉が開き、人気のないエレベーターホールを横切って、四〇四号室の扉の前に立った。
インターフォンを押す。
反応がない。
また押す。
反応がない。
インターフォンを再び押した。
すると、ようやくスピーカーから「いったい、何なんですか!?」という苛立ちの混ざった声がした。
しかし、その声は宇佐美のものではなく若い女性の声だった。
「もちろん、宇佐美さんが
茅野は頷く。
「確かに宇佐美さんが婚活パーティに出席している女性からの
「ああ。そもそも、私は何の被害にもあっていない。単に彼と連絡が取れなくなっただけだ。だから、その女性の事も宇佐美さんの親族か何かだと思ったのだ」
「ふうん。なるほどー」と桜井。
相田は無表情に淡々と話を続ける。
「それで、私はインターフォン越しに
「どゆことなの?」
桜井は首を傾げ、茅野が静かに珈琲を口にする。
相田の話は更に続く。
「少しだけ押し問答となったが結局、私が折れた。もしかしたら、四〇四という部屋番号は聞き間違いだったのかもしれないと思ったからだ。結局、狐につままれた思いで帰路に着いた」
「
茅野がほっと胸をなでおろす。
桜井は、訳が解らないといった表情で首を捻る。
「うーん……それで、どうしたんですか? センセ」
「それから、エントランスホールの郵便受けを確認しにいった。しかし部屋番号だけで入居者の名前は記されていなかった」
「まあ、今どきは大抵そうでしょうね」
「……ただ、運よく、四〇四の郵便受けの蓋に葉書の端が挟まっていたんだ。それを摘まんで葉書を引き出し、宛先を確認すると水城真澄……知らない名前だ。当然ながら」
「何の葉書でしたか?」
「携帯電話会社の明細だった」
相田は茅野の質問に答えた後で、言葉を詰まらせ一息吐く。珈琲を飲んで再び語り始める。
「それで、何だか、悪い夢でも見ているような心地で……家に帰った後でふと思いついたんだ。彼の名前……宇佐美孝司で検索してみようと」
「ああ……うん。あー……嫌な予感がするね」
桜井が何とも言えない表情で相づちを打つ。
茅野が鹿爪らしい表情で問うた。
「それで、結果は……」
相田はスマホを
そこには――
『人気小説家、マンションの自宅で孤独死』
そのネットニュースの見出しを見た茅野は「ああ……ありましたね。このニュース、何となく覚えています」と、声をあげる。
「有名な人だったの?」
桜井の疑問に茅野が答える。
「女性に人気のあった恋愛小説家で、デビュー作の『桜のように散りゆく君へ』は、映画化もされているわ。確か名前は
すると、相田は頷いて、
「記事をもっとよく読んで……」
と言った。
「どれどれ……」と桜井は、茅野と共に相田の差し出したスマホの画面を覗き込む。
すると、二人は大きく目を見開いた。
その如月涼の本名は……。
「
そして、相田はもう一度、その言葉を繰り返した。
「私は幽霊と出逢ったのかもしれない……」
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