【02】婚活パーティ


 表面的には、会はなごやかに進んだ。

 自己紹介が一通り終わった頃には、場の空気に慣れてきて、相田は退屈さを感じていた。

 トークタイムで適当な受け答えをしながらうわの空で、仕上げに入っている同人漫画の事を考えていた。

 トークタイムの制限時間はひとり五分。

 女性が長机に座ったままで男性が席を入れ換えてゆく。

 お互いのプロフィールカードを見ながら質問をしあう。

 どのプロフィールにも興味がわかない。どれもこれも同じに見えた。

 ……というか、全員、智也より低スペック過ぎる。やはり三次元など何の価値もない……相田は心の中で深々と嘆息した。

 当然ながら参加者の男と相田のトークは恐ろしく盛りあがらない。

 だんだん申し訳なくなりかけた、そのときだった。

 何人目になるか解らない、その人物のプロフィールカード。

 趣味の欄に記されていた“アニメ”と“漫画”の文字……。

 これまでの男が全員“ゴルフ”だとか“ドライブ”だとか“音楽鑑賞”だとか、そんな無難な趣味ばかりだったので、一際目を引いた。

 今でこそ漫画やアニメといったいわゆるオタク趣味は、それなりに市民権を得て、度が過ぎなければある程度は許容されるようになってきてはいる。

 “麦わら帽子の海賊の漫画”みたいな作品のファンなら、むしろ一周回ってオタクじゃないとか言われるレベルである。

 しかし、相田たちの世代ではアニメや漫画を趣味にしているなどと露見すれば、それこそ犯罪者予備軍のように断罪された。まるで中世ヨーロッパの魔女狩りのような苛烈さで……。

 その暗黒時代を生き抜いてきた筋金入りの彼女にとって、こうした場でオタク趣味を晒す行為は、まったく理解できないものだった。

 しかも婚活パーティという場で、わざわざオタク趣味を披歴ひれきするなど、いったいどんな勇者なんだ……と、プロフィールカードから目線を外し、よくその面構えを見てやろうと相手の顔を見て驚いた。

 何とその人物は、今回の会でもっともイケメンな男だったからだ。

 もちろん、それは相田の主観ではあるが、彼女の審美眼しんびがんは、それほど片寄ったものではないだろう。

 甘いマスクなどという使い古された表現がよく似合う、端整な醤油顔。ファッションもシンプルなカジュアルスタイルで洗練されていた。

 何かガチガチに着飾った他の参加者たちとは一線を画している。

 まるで、このパーティに自分が参加している事が他人事とでもいうような、不思議な余裕もあった。

 彼の名前は宇佐美孝司うさみたかし

 年齢は三十五。

 思わず二度見する。

 自分より四つ年下だが、それでも信じられないくらい若々しい。まだ二十半ばといっても充分に通用する。

 職業は在宅プログラマ兼ウェブデザイナー。

「あの……僕の顔に何か?」

「あっ。ごめんなさい……」

 思わず不躾ぶしつけな視線を彼に向けていた事に気がつき、相田は頬を赤らめて謝罪した。

 そして、もう一度、プロフィールカードに目線を落とす。

 すると、趣味の備考の欄には、好きな作品として幾つかのアニメや漫画の名前が書かれている事に気がつく。

 それを目にした相田は、心の中で鼻白んだ。

 なぜなら、そこであげられているアニメや漫画は誰もが知っているような有名な作品ばかりだったからだ。

 ここで相田は、ようやく合点がいった。

 このイケメンの狙いは、恐らくおとなしそうなオタク系の女子ではないのか。

 それか『こんなイケメンでスカした俺様でもアニメとか漫画が好きなんだよ』的な勘違いしたギャップ狙い……。

 きっと、この日の為に興味もないアニメや漫画などの知識を一杯詰め込んできたに違いない。

 ……しかし、そうしたにわか仕込みは逆効果である。

 相田は、ここで少しこの男に解らせてやる事にした。

「えっと、宇佐美さんは、この作品……」

 相田は、備考の欄であげられた作品名のひとつをあげた。

 それは数年前まで流行していた漫画であった。アニメ化もされている。

 掲載されていたのは少年誌であるにも関わらず、女性ファンが非常に多い……というか、ほぼほぼ女性ファンしかいない作品である。

 女性受けを狙ってのチョイスか、それとも女性ファンしかいない事を知らなかったのか。

 兎も角、男性である彼が、この作品のファンであるというのは少し不自然で引っ掛かった。

「男性で、この作品が好きだなんて、珍しいですね。こんな女の子しか読まないような漫画を……」

 相田が意地悪な気持ちで、その言葉を発した瞬間だった。

 宇佐美の顔が少し不機嫌そうに歪む。

「悪いですか?」

「いえ。別に悪くはないですけど。ちょっと、珍しいな……と」

 すると突然、宇佐美は早口になり、

「……いや、確かに女性ファンによるキャラ人気がこの作品を掲載誌の看板作品に押しあげた事は認めますが、僕がこの作品を評価している部分は、いっけんすると破天荒はてんこうな能力バトルといってもいいくらい現実離れした描写が多い中でしっかりとしたリアリズムが土台となっている部分なんですね。この作品名を出してリアリズムなどと言い出すと、大抵は鼻で笑われてしまいます。しかし、作画やセリフにおいて、この作品の特徴としてあげられるのは……」

 こんな調子で時間いっぱい、その作品について熱く語る彼の姿を見て、相田は思った。


 こいつ本物だ……と。




「ああ。あの漫画、あたしも持ってる。あたしは主人公の相棒が好きだったな」

 と、少年漫画好きの桜井が反応する。

 すると、相田も少し食い気味で、

「そうよねえ! 主人公の相棒いいよねえ!」

 ……などと話に乗っかる。

 すると茅野も懐かしそうに目を細目ながら一言。

「私としては、ラスボス×主人公が……」

 そこで茅野は自分の失言に気がつき「はっ」という表情で、口元を右手で押さえた。

 すると桜井が純粋な目で首を傾げる。

「かける? かけるって何? ラスボスの何を主人公にかけるの?」

 沈黙。

 部室内の空気が凍りついた。

 茅野は「おほん」と咳払いをする。

 一拍の間を置いて、相田が口を開いた。

「茅野……」

「はい。すいません」

 反省しています……と、続けようとしたところ、相田は頬を赤らめて言う。

「私は、そっちの道も多少は心得ている……」

「そ、そうですか……さ、流石ですね」

 茅野は引きつった笑みを浮かべ、桜井は訳が解らないといった様子で二人の顔を交互に見渡した。

「兎に角、話を戻すぞ?」

 強引に話の軌道を修正しにかかった相田の言葉に二人は頷いた。


「それから、トークタイムが終わり、フリータイムになった。にわかと見くびった事を一言謝りたかったが、やはり参加者の殆どの女性は彼に群がり、話す隙はまったくなかった。それで、ついにマッチング希望の投票が終わり、最後のカップリング発表となったんだ」

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