【03】運命


 場の空気は完全に張り詰めていた。

 再び参加者の男女が長机を挟んで、向かい合って座っている。

 やるだけやったと自信に満ちた表情で、きたるべき時を待つ者もいれば、天のもたらす奇跡にすがるような、そんな表情の者もいる。

 司会進行の男がマイクのスイッチを入れた。軽いハウリング音が響き渡る。

「えーっ。それでは、結果発表です。今回、成立したカップルは……」

 ごくり、と誰かが喉を鳴らす音がした。

 司会の男はたっぷりとタメを作り、口を開く。

「一組、おります!」

 会場がどよめいた。

 相田は、拍子抜けする。婚活パーティなど初めてなのでよくは知らない。しかし、流石に一組というのは少ないような気がした。

 司会の男は手元のメモ用紙を開き、それを読みあげる。

「エントリーナンバー四番、宇佐美孝司さんと……そのお相手は……」

 女性の何人かが両手を合わせる。

 そして、たっぷりと間を取って、司会の男はその結果を告げる。

「エントリーナンバー七番、相田愛依さん!」

「はひっ!?」

 相田の唇から変な声が漏れた。




「いやいやいやいや……」

 桜井の声が部室内に響き渡る。

「やる気ないとか散々言って、センセも、その気なんじゃん」

 すると相田は両手を振り乱し、似つかわしくないほど焦る。

「ちっ、違……その、それはそれ、これはこれ……違う! 兎に角、違うの!」

「じゃあ、何で彼の名前を書いたんですか? 適当に何事もなく帰ってくるのが目的じゃなかったんですか?」

 茅野の質問を受けて頬を赤らめ、伏し目がちになる相田。

「その……絶対に誰かの名前を書かなきゃならないと勘違いしていて……。それで、彼は人気だったし、絶対に有り得ないだろうなって」

「成る程。いちばん確率の低いところを選んだと」

 相田はこくりと頷く。

「それで、結局、どうなったのです?」

 盛大に呆れた様子の茅野に促され、相田は再び話を続ける。

「そのあとは、参加者に送り出されて……流れでどこかで、もう少し話をしようって事になって……断るに断れず、彼の車で国道のファミリーレストランに」

 しかし、宇佐美孝司との会話は思いの外、楽しいものだった。

 彼はオタク趣味にも明るく、当然ながら会話も噛み合った。

 話はいつの間にか盛りあがり、気がつくと二時間近くも経過していた。

「不覚にも……時間を忘れてしまって……」

 その時の事を思い出したのか、かあっ……と、相田の頬が一気に赤くなる。

「……ただ、ずっと、何で私なんだろうって、不思議で……。トークタイムでも嫌な事しか言わなかったし、フリータイムでも全然、喋れなかったったし……」

「いや、ほら。センセって、黙って普通にしてれば割りと綺麗だしさあ」

「桜井。そういうお世辞はいいんだ、今は」

「いや、別にお世辞では……」と言い掛けた桜井の言葉を強引に遮り、相田は話を本題に戻す。

「兎に角、その時の会話の流れで、彼が黒狛地区にあるマンションの四〇四号室に住んでいると聞いたんだ……」

 黒狛地区は県庁所在地の外れにある。

「……部屋にでも誘われたんですか? 先生」

「馬鹿! 違う。何を考えてるのだ! その……そういうのじゃなくって、確か、どういう話の流れかは覚えていないが、不思議なモノを信じるかどうかみたいな話になって……」




 時刻は夕食時に差しかかり、気がつくと店内は客で溢れ返っていた。

 店員たちの動きもあわただしさを増して、喧騒けんそうが満ち始める。

 しかし、店内中央付近にある相田たちのテーブルは、まるで外界から隔絶かくぜつされたような二人の世界が作り出されていた。

「相田さんは、常識では説明のつかない不思議なモノって信じますか?」

「えっ。不思議なモノって、幽霊とかですか?」

 相田は質問の意図が解らず首を傾げる。

「ええ。そういうのです」

 相田愛依は、少し考えた後で曖昧あいまいに笑う。

「どうなんですかね? あんまり信じていないかもです」

 すると、宇佐美はなぜか残念そうに肩を落とす。

「どうかしましたか?」

 怪訝けげんに思った相田がたずねると、彼は何かを誤魔化すように笑った。

「いや、ほら、僕は黒狛のマンションにいるんですけど、部屋番号が四〇四なんですよ。無茶苦茶、縁起悪いでしょ?」

「あはは……そうですね」

「僕も……前までは、そういう迷信とか、目に見えない存在は信じていなかったんですけど」

「宇佐美さん、いかにも理系って感じですものね」

「あはは……そう見えますか? でも今日は運命というものを信じたくなりましたよ。あなたと出逢って」




「……みたいな感じで」

「少し気になりますね。その相手のリアクション」

 茅野は思案顔を浮かべ、桜井は話の続きを促す。

「それで、結局どうなったの?」

「そのあとは、ファミリーレストランを後にして、ちょっとお洒落な感じのダイニングバーで夕食を……という事になったんだけど」

「それで、お持ち帰りされちゃったと……」

 桜井が冗談混じりにそう言うと、相田の眉が、きっ、と釣りあがる。

「馬鹿を言うな! だから、そういうのではないっ! ちゃんと食事の後は真っ直ぐ家に帰ったぞ!」

「あ、ハイ。すいませんでした……」

 桜井は、ぴんと背筋を正して謝罪する。

「……それで、その宇佐美さんとは、どうなったんですか?」

 その茅野の質問に相田は表情を曇らせる。

 話を聞くまでもなく、かんばしくない結果が待っていたのであろう。

 桜井が気遣わしげに尋ねる。

「センセ、大丈夫……?」 

「いや……実は、その日以来、宇佐美さんとは一切、連絡が取れなくなった」

「え……」

 桜井と茅野は神妙な表情をする。


「それで、どうしても気になった私は彼の住んでいるというマンション……ソレイユ黒狛へと向かったんだ」

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