【01】意外な依頼人


 桜井と茅野は居住まいを正し、相田を迎え入れた。

 二人は相田の裏の顔である“キャラ愛が止まらなすぎてキャラ弁を学校に持ってきてしまうレベルの筋金入りのオタク”という本性を知っているのだが、それでもやはり相田は恐怖の対象であった。

 背が高く、常にマネキン人形のように冷たい表情で声も低い。兎に角、迫力が半端ではない。

 ときおり体育の授業や放課後の体育館から響き渡る彼女の怒声は、まるで雷鳴の如しである。

 悪霊や呪いよりずっと怖い……それが二人の相田への評価であった。

 その鬼教師に向かってテーブルの適当な席に座るように勧めると、茅野は珈琲を入れ始める。

「……それで、先生はどういったご用件で、このようなあばら家に?」

 茅野が若干へりくだった感じで問うと、相田は似つかわしくない、おずおずとした態度で、

「その……お前らが、そういうのが得意だって小耳に挟んで……」

 桜井と茅野は顔を見合わせて首を捻る。

「そういうの……とは?」

 桜井の問いに、相田は少しだけ声を荒げる。

「だから、心霊とか、そういうのだよ!」

「お、おう……はい。すいません」

 桜井は引き気味で謝る。

 相田は「おほん」と咳払いをして話を続ける。

「あのニュースにあった土蔵の井戸の死体も、お前らが発見したんだよな?」

「ああ。まあ……はい。そうですが」

 茅野があっさりと認める。

 “土蔵の井戸の死体”とは、あの呪われた井戸の底の木乃伊ミイラの事であろう。

 匿名で警察に通報したので、この一件に桜井や茅野が関わっている事は知られていないはずだ。

 しかし二人は遺体発見の前に、この一件に関する情報を得る為、相田の元へと訪れている。それで、ピンときたのだろう。

「じゃ、センセは、あたしたちに心霊相談にきたの?」

 桜井の問いに、少しだけ恥ずかしそうに相田は頷く。


「実は……幽霊と出逢ったのかもしれないんだ」




 立ち込める珈琲の香り。茅野が三つのマグカップをテーブルに置くと、相田は、とつとつと語り始める。

 何でも彼女はちょうど藤花祭が終わった頃に開催された婚活パーティに出席したらしい。

 藤見市の商店街の主催で、県内在住の男女を対象にしており、市や県のホームページで参加者を募集していたのだそうだ。

「……両親に頼まれて、半ば無理やりで……本当は嫌だったんだけど……」

 因みに相田は藤見市内在住であり、三十九歳独身である。

 ここ数年、両親と顔を合わせれば『目玉の黒いうちに孫の顔が見たい』とせっつかれ、うんざりしていた。

 今回も最初は「絶対に行きたくない」と突っぱねたが、時は既に遅し。もう勝手に応募されており、参加する事になっていた。

 結局、両親に拝み倒され、仕方なく嫌々参加を決めたのだった。

「それで、首尾の方は……?」

 桜井が好奇心で溢れそうな瞳を相田に向ける。

 相田はうっすらと頬を染めながら言葉を続けた。

「始めは、とても退屈だったんだけど……」




 その日、相田愛依は、駐車場まで母親の車で送られて会場となるカフェへと向かった。

 因みに相田も運転免許は持っているが、母は彼女の退路を絶つ為に、あえて会場までの運転をかって出たのだった。

 要するに歩いて帰りたくなかったら男を捕まえてこいという、ストレートなメッセージである。

 この日の相田はベージュのコート、淡い色のブラウスに花柄のふわりとしたロングスカート……ヒールは履こうかどうしようか迷った結果、結局はやめた。

 何故なら相田は身長が一七五センチもある。これ以上、背を高くみせても男性側に威圧感を与えてしまい、マイナス効果なのでは……という配慮だった。

 そもそもヒールなど、数年前の友人の結婚式に出席して以来、足を通していないので慣れていない。

 もちろん嫌々参加した婚活パーティで男にどう思われようが、何だって構わない。

 ……というか、こんな事をしているひまがあったら、来るべき県内最大の即売会に向けての原稿製作に取り組みたい。

 教師という仕事をこなし、部活の顧問もしながら、ゲームとアニメと漫画と、自身の原稿製作をしなくてはならないのだ。

 これ以上、三次元にうつつを抜かしている余裕はない……生徒からは有名な拷問器具の名前で渾名される鬼教師も、一皮むけば完全な駄目人間であった。

 しかしながら、それでも場違いな格好をしていって、見ず知らずの男や他の女共に侮られるのはプライドが許さない。

 兎も角、何となくよい感じで適当にやり過ごし、何事もなく帰ってくる。

 それだけが、この婚活パーティの目的であった。

 自分には智也ともや――相田がハマっている乙女ゲーの俺様キャラ――がいる。三次元などいらない。

 ……このときはまだそう思っていた。

 会場となるカフェは古めかしい木造の酒蔵を改装した、お洒落な佇まいであった。

 市内にある老舗の醸造所じょうぞうしょが経営しており、吟醸ぎんじょうグラタンやら日本酒をフレーバーとしたパフェ、ジェラードを味わえる。

 まず相田は大きく開かれた入り口の右横にあった受付で本人確認を済ませ、中に入ってすぐのテーブルでプロフィールカードを記載する。

 趣味の欄は迷ったが、“絵を描くこと”と“絵を鑑賞すること”と記入した。嘘は吐いていない。

 店内はシックな和風テイストで、日光をいとう酒蔵だっただけあり薄暗い。オレンジ色のムーディな昭明がぼんやりと、そのモダンな空間を照らしていた。

 既に奥まった場所にある木製の長机の席には、参加者とおぼしき男女が何人か着いていた。

 静かで落ち着いた雰囲気ではあったが、何やら相田には理解できない緊張感が張り詰めているような気がした。

 参加者の瞳は、まるで狩人。恐らくは冷やかしで訪れている者など誰もいない。

 見れば全員が自分と同じくらいの年齢――人生のハーフタイムを終えたような連中ばかりだ。

 諦めたら試合はそこで終了……しかし、やつらの瞳にはそんな言葉をかける必要がない程の、みなぎる気迫と闘志が宿っていた。

 今日この場でやつらは、人生逆転のスリーポイントシュートを決めるつもりだ……そこまで考えた相田は、今の例えはあまり上手くないなと自嘲じちょうし、その気もないのにこんな場所にいる自分が申し訳なくて惨めに思えた。

 そうして、プロフィールカードを書きあげた相田も、彼女らの戦列に加わった。

 それから程なくして、参加者が全員集まったと同時に、予定時刻より一分三十秒遅れで、その試合が開始された。

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