【03】鍵
そして、数寄屋の陽気な声。彼だけが喋り続けている。
数寄屋の話は殆どが自分に関する事だった。
何でも彼の一族は、山陰地方からこの地に流れてきた呪術一派の末裔であり、古代大和朝廷に従わなかった“まつろわぬ神”を崇める一族を祖に持つのだという。
彼らは、しいたげられ山奥や孤島に追いやられたり、朝廷に恭順の意思を示す振りをしたりして、どうにか現代までその血を絶やさずにきたらしい。
数寄屋は真顔だったが、藤村には
更に話は数寄屋の家族の事に及ぶ。
それによれば、この家の家長である彼の父親は重い病気を患っており、高崎市内の総合病院に入院中であるのだという。また母親は彼の幼い頃に病死したらしい。
それは本当に病気なのだろうかという疑心が藤村の心に浮かびあがる。
その話をする数寄屋の顔が、まるで虫取りの成果を自慢気に話す子供のように思えたからだ。
そして、話題はいつの間にか禍つ箱の事に移り変わっていた。
「……呪いっていうのは、必ず自分の元にも返ってくる。だから覚悟がねえと使えねぇんだ」
数寄屋はお膳の上の小皿を摘まみながら「きしし」と笑った。
「禍つ箱も同じなんですか?」
藤村が質問すると数寄屋は薄気味の悪いギザギザの歯を唇の隙間から覗かせる。
「当然だ。強い箱は、その分だけ支払う代償もきつくなる。呪いは平等だ。
数寄屋がそう言うと、彼の隣に座る瀬川が
数寄屋は
そこで藤村はずっと聞きそびれていた事を質問した。
「それで……数寄屋さん」
「何だ?」
「俺はここで何をすればよいのですか?」
当然の疑問である。
藤村は呪術などの知識も技術もさっぱりとない。
数寄屋の身の回りの世話は、瀬川がするだろう。
この村で禍つ箱を製作すると聞かされてついてはきたが、自分が何をすればよいのかまだ聞かされていない。
この質問に対して、数寄屋はトランプのジョーカーのように笑う。
「……お前は何もしなくていい」
「ええっ? 何もしなくていいって……」
数寄屋が右手を突き出して藤村の言葉を制する。
「まて。ちゃんと大事な役割がある。その時がきたら呼ぶから、それまでは好きにしてろ……ただし、この村からは出るな。すぐに連絡の取れる場所にいろ」
「はあ……」
何か納得がいかず、藤村がぼんやりとした返事をすると数寄屋は
「退屈だっつーなら、女を手配してやってもいいぜ? きししし……」
「いや、その……そういうのは、別にいいです」
藤村は間を置かずに断る。
すると瀬川が
「藤村くんはぁ……あの豆腐屋の娘にオネツだもんねえ」
「豆腐屋の娘……?」
数寄屋は始め首を傾げて瀬川の顔を見た。
豆腐屋の娘とは、幸子の事だった。
「ほら。あの藤村くんの下宿の斜向かいの……」
「ああ……」と、数寄屋は何度か見かけた幸子の事を思い出したらしい。
それから、小馬鹿にしたような調子で言う。
「あのノンポリの小便臭い小娘のどこがいいんだ?」
その言葉を聞いた藤村は、内心でむっとしながら特に表情を変える事なく言い返す。
「彼女の家が下宿先の近所にあってよく顔を合わせるだけです」
何となく、ここで幸子の話を続けたくなかったので、藤村は強引に話題の転換を図った。
「それより、もう一つ聞きたかったんですけど」
「何だ?」
「禍つ箱の中身はいったい何なんですか? あの箱にはいったい何が……」
その瞬間だった。
場の空気が一斉に張りつめる。
食器の立てる音が……咀嚼音が……一斉にピタリと止んだ。
この質問は不味かったのだろうか。聞いてはならない事だったのだろうか……藤村は焦り、大広間を見渡した。
「あの……どうしたんですか?」
誰も何も答えない。
呪い師や遠藤が目を逸らす。
藤村は数寄屋に助けを求めた。
そうすると彼は、ぐいと杯の酒を飲み干すと似つかわしくない鹿爪らしい顔で言った。
「……そのうち解る」
一拍の間を置き、再び咀嚼音と食器の音が鳴り始める。
何事もなかったように晩餐が再開された。
藤村は急に食欲が失せてしまう。食事の手が止まった。
ぼんやりとお膳を見つめていると、おもむろに瀬川が数寄屋に声をかける。
「……満明さん」
「何だ?」
「あの話、忘れないうちにしといた方がいいんじゃないの?」
「おお。そうだな……」
と、答えて数寄屋は再び藤村に向かって言った。
「藤村。飯が終わったら、渡すもんがある」
「……はい」
藤村は気の抜けた様子で生返事を返した。
二〇一九年十一月二十日。
『
九尾は普段もより
九月十九日(金)
朝、数寄屋、瀬川両名と上野で待ち合わせ。隠首村に夜半に到着。
九名の呪い屋と数寄屋、瀬川、遠藤による禍つ箱製作が明日より始まる。しばらく待機を命じられる。箱の中身を数寄屋に質問するも答えてくれない。
夕食の後で鍵を渡される。はなれの床にある隠し扉の鍵なのだという。
数寄屋によれば「何か困った事があったらその隠し扉を開けろ」との事。
どういう事か質問をしてもそれ以上は答えてはくれなかった。
「鍵……」
九尾はノートから目線を外し、テーブルの上に置かれた
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます