【06】死の家の探索


 桜井と茅野がギロチン踏切で不審な男を目撃してから数日が経過した。

 それは森島と富岡が首なしの幽霊に襲われたコンビニからほど近い場所にある旗竿地はたざおちであった。

 その奥まった土地にある何の変哲へんてつもない二階建ての古びた一軒家こそ、梶原聖の生首を持ち去った犯人の住処すみかである。

 二人は仕事から帰宅する犯人を尾行して、この場所を突き止めた。

「行くわよ。梨沙さん」

「がってん」

 こけむして風化した粗末な門柱の間を閉ざす胸丈程度の鉄格子。そのかんぬきを開けて、桜井と茅野は堂々と敷地内に進入を果たす。

 門からは短い石畳があり、その両脇には猫の額程の庭先が挑めた。

 大量のプランターが置いてあったが、すべて長年手入れはされていないようだ。

 ただし、庭木の椿つばきだけが血のような真っ赤な花を咲かせている。

 そんな光景を横目に玄関のひさしを潜り抜けて、古びた扉の前に立つ。例の如く茅野がいとも容易く開錠した。

「おじゃましまーす」

 桜井がドアノブをひねって中を覗き込む。

 因みにが現在仕事中であるのは確認済みであった。

 素早く玄関に滑り込み扉を閉ざした。

「うわぁ……」

 桜井は顔をしかめる。

 三和土たたきから真っ直ぐ延びた廊下にはたくさんのごみ袋が並べてあり、やっと一人が歩ける程のスペースしかない。

 廊下の左手には破れた障子戸が並び、正面突き当たりにはキッチンや風呂、トイレなどの水回りが並んでいるようだ。

 あがってすぐ右側に階段があり、三和土の左には縁側が延びていた。

 縁側にも大量のごみ袋が並んでいる。

 茅野が鼻を悪臭にひくつかせながら言う。

「取り合えず、犯人は今仕事中だけど、いつ帰ってくるかは解らないわ……」

「うん」

「だから、効率よく素早く探索を行いましょう。まずは二階からよ」

「らじゃー……土足じゃまずいよね?」

「ええ。靴跡が残るかもしれないわ。だからビニール袋に入れて……あ、靴下は脱がなくてよいわ。後で捨てましょう。それから……」

 茅野は防塵ぼうじんマスクと軍手をリュックから取り出す。

「顔は一応、隠しておきましょう。軍手もね。指紋は残したくないわ」

 完全に空き巣の発想である。

 だが桜井は、当然気にする事なく、マスクと軍手を受け取り着用する。

 二人は玄関扉を閉めると靴を脱ぎ、ビニール袋に入れてリュックの中にしまった。

 そのまま右手の階段へと向かう。




 二階はまるで別人の住居かと思う程、綺麗に掃除が行き届いていた。

 廊下にはちり一つ落ちていない。

 玄関に面した部屋と裏庭に面した部屋の二つ。

 そのうち玄関に面した部屋は、犯人の寝室だった。

 ここも一階の散らかりようが嘘のようだった。

 ぴっしりと伸ばされたベッドの上の布団やシーツ。

 絨毯じゅうたんはまるで買ったばかりのような毛並みであった。

 本棚や書斎机の上のブックエンドには様々な書籍やファイルが几帳面に並べられていた。

「吉川英治に司馬遼太郎……歴史関連が好きみたいね。特に三国志。解剖学関係の本も多いわね」

 茅野が本棚を見渡す。

「漫画ないね……」

「取り合えず、この部屋もとことん漁ってみたいところだけれど、まずは首よ。まあ二年も経っていれば骨になっているだろうけれど……」

「もう捨てたって可能性は?」

「わざわざ、持って帰ったのだから、きっと、まだ取ってあるじゃないかしら?」

 その茅野の言葉を受けて、桜井は右手の人差し指を立てて横に振る。

「食用だったのかもしれないよ? 食べる為なら、頭蓋骨はいらないし……出汁くらいは取ったかもしれないけどさ」

 茅野は心底関心した様子で、ぽん、と手を打った。

「犯人が食人嗜好者カニバリストである可能性を失念していたわ。やるわね! 梨沙さん」

「えへへ……」

 照れ臭そうに頭を掻く桜井だった。

「まあ、それならそれで、その証拠となる物ぐらいは見つかるかもしれないわ。信長みたいに髑髏どくろさかずきにでもしているかも」

「だったらよいけどね」

 二人の緊張感に欠ける探索は続く。




「凄いわね。この家の主は完璧に仕上がって・・・・・いるわ……」

「何これ……蝋人形?」

 二階のもうひとつの部屋を見渡す桜井と茅野は唖然とした。

 広さはそれなりにある。どうやら二つの部屋を一つに繋げたらしい。赤い絨毯がしかれて、硝子のショーケースがところ狭しと並べられている。

 そこに陳列されていたのは、様々な動物の標本だった。

「これはプラスティネーションね」

「ぷらすてぃ……?」

 桜井が首を傾げ、茅野はプラスティネーションについて説明する。

 桜井を先頭にショーケースと壁の間にある通路をゆっくりと進み、“死の展示会”を見物しながら部屋の外周を回る。

 通路は細く、一人がやっと通れるぐらいの幅しかない。

 そしてプラスティネーションについての説明が終わると、桜井の表情が曇る。

「じゃあ、これ、全部が死体なの?」

「そうよ」

「やっぱり、キモキモオーラ全開だー!」

「そうね。でも、そうなると、梶原さんの首は」

 と、言いかけたところで茅野の瞳が、その物体をとらえる。桜井も目を見開く。

 それは部屋の中央に鎮座ちんざしていた。

 まるで、この標本たちの女王のように……。

 青白い肌は不自然に瑞々みずみずしく、眠たげに眼と鼻を半開きに開いている。

 一昨年の二月十四日のままの彼女……梶原聖の頭部であった。

「これはもう間違いないわね」

 流石の茅野も、あまりの異様さにゴクリと唾を飲み込む。

「警察に通報しよう。一階を探索した後でだけど……」

「きっと、一階の水回りの近くが作業場なのね。樹脂を浸透させる為の減圧には、アスピレータを使っているだろうし……ちょっと見てみたいわ」

「それじゃあ一階に降りてみよう」

 二人は一階へと向かった。




 茅野の予想通り、玄関から奥のキッチンは、完全にプラスティネーション製作工房と化していた。

 自炊をしている気配は当然なく、玄関や廊下に並んだゴミ袋の中身からコンビニの弁当が主だった食事であるらしい事が見てとれた。

 そして、キッチン左手の居間は締め切られており、エアコンの除湿がつけっぱなしになっていた。小さな棚の上にレトロな黒電話が置かれている。

 部屋の中央には新聞紙のしかれた座卓があり、その上には銀のバットに入れられた生乾きの白猫のプラスティネーションが置いてあった。

「ここは、樹脂を乾かす部屋らしいわね」

「あ、この猫ってさあ……あのコンビニに捜索のポスター張ってあったよね」

「そういえば、見た気がするわ……」

「もしかして……」と、ぞっとしない様子の桜井の言葉に神妙な顔で頷く茅野。

「きっと、近隣の猫や犬をさらってきては、プラスティネーションの材料にしていたのでしょうね」

「それはクソだね」

 桜井は端的な怒りの言葉を吐き出し、不快感をあらわにする。そして居間の玄関方向にある閉ざされたふすまに目線を写した。

「あとはこの部屋だけかな?」

 そこは玄関から真っ直ぐ延びた廊下の左側に並んだ障子戸の奥の部屋だった。

 襖にはよくみるとガムテープで目張りがしてある。

「普通なら仏間でしょうね」

「目張りをしてあるのが気になるね」

 茅野がガムテープを下からビリビリとはがし始める。

「それじゃあ、行くわよ……」

「うん……何か出てきたら取り合えず殴るよ」

 桜井が拳を構える。

 茅野は襖を勢いよく開けた。

 すると、その瞬間、すえた臭いが二人の鼻孔を突き刺した。

 その長年閉じ込められて熟成したいんの香りは、桜井と茅野を嘔吐えずかせる。

「くっさ……」

「何なのかしら……この部屋」

 桜井と茅野は恐る恐る、部屋の中へと足を踏み入れる。

 そこは予想通り仏間だった。

 二人が侵入した襖から見て右手に仏壇がある。

 そして、部屋の中央にはほこりを被った布団があった。

 布団は中央が盛りあがっている。

「何か下にあるね」

 桜井はそう言って躊躇ちゅうちょなく布団の端をつかむ。

「行くよ……?」

 茅野が無言で頷いたのを見て、桜井は一気に布団を剥ぎ取った。

 すると、そこには……。

「うわぁお……」

「これは完全にアウトね」

 二人は何とも言えない表情で顔を見合わせる。

 そこにあったのは、白骨化した人間の遺体であった。

 白髪が頭部の周囲に散らばり、遺体の周りは緑がかった黒に変色している。

 二階の芸術的とさえいえるプラスティネーションとは、まったく対局にある、おぞましい死体であった。

 それは、この家の家主であり、森島と富岡・・・・・が首なしの・・・・・亡霊に襲われ・・・・・・たコンビニの店員・・・・・・・・でもあるの母親だった。


 結局、桜井と茅野は居間にあった黒電話から匿名で警察に通報し、死の家を後にした。

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