【05】謎の男


 次の日の昼休みだった。

 何時ものオカ研部室であった。

「結論からいえば、偽物である証拠は見つからなかったわ」

 と、西木は言った。

「そう……」

 その専門家らしい慎重な言い方に満足しながら、茅野はコンビニのサンドウイッチの包装をむいた。

「つまり……どゆこと?」

 手製の弁当をガツガツと頬張っていた桜井が顔をあげた。西木は少し興奮ぎみにまくし立て始める。

「心情的には、本物の心霊写真と断言したいくらいだけどね。幽霊と周りの背景の明るさは同じで一ミリのズレもない。少し透けてる部分なんて、偽物だったら芸術ね。もちろん、私が何か見落としている可能性もあるし、もっと時間をかけて細かく見れば何か分かるかもしれないけど」

 そこで、茅野が西木に確認する。

「このレベルのフェイクを作るのには、相当な手間と技術が必要……って、事ね?」

「ええ。少なくともそこら辺の画像編集アプリで素人が適当に作れるレベルじゃないかな」

 と、そう言って西木は自らの弁当のしょっぱめに味付けされた卵焼きを頬張る。

「そう。ありがとう。撮影日も昨日で間違いないかしら?」

「間違いない……と、思う」

 と、少し自信なさげな西木。

「日照時間や天候と、影や明るさに矛盾はないし、少なくとも、このSNSにあげられた画像のEXIFイグジフに弄られた形跡はみられなかった。ただ、そこら辺はちょっと詳しくないから上手く改竄かいざんする方法があるのかもしれないけど……」

「いぐ……じふ……?」

 桜井が箸を止めて首を傾げた。

 例の如く茅野が解説する。

「エクスチェンジャブル・イメージ・ファイル・フォーマットの略ね。撮影状況に関するデータを画像と一緒に保存するファイル規格の事よ」

「えくすちぇんじゃぶ……何?」

 桜井がますます訳の解らない顔をしたので、茅野は噛み砕いてもう一度説明する。

「つまり、画像のステータスみたいなものよ」

「なるほどー」と、桜井は理解しているのかしていないのか解らない調子の相づちを打った。

 そして茅野が、甘い缶珈琲のリングプルを引いた。小気味よい金属音が鳴り響く。

「取り合えず昨日あったギロチン踏切での目撃証言は、本物だと仮定して話を進めましょう」

「りょうかーい……でも、そうだと、宇宙の、法則が、乱れる」

「そうね。幽霊が首を探して南下していたという仮説は見直さなければならないわね」

 桜井と茅野を眺めながら「本当に楽しそうだよね……」と、西木は苦笑した。




 放課後。

 桜井と茅野は県庁所在地にあるギロチン踏切へと向かった。

 西木も誘ったが写真部の方に顔を出すと断られた。部の品評会の準備があるらしい。

 二人は駅前からバスに乗り、最寄りの総合病院前のバス停で降車した。

 バス停の前で桜井はきょろきょろと通りを見渡す。

「どっち?」

「こっちよ」

 茅野が指を差す。

 そのまま二人は通りを歩き、古びた住宅街の中を延びる路地へと入る。

 すると更に歩き続けて数分。右曲がりのカーブの向こう――五十メートルほど先にギロチン踏切が見えてくる。

 五月に訪れた時とは変わらぬ風景……。

 ただ線路と住宅街をさえぎるフェンスの間際に広がる茂みが、緑から茶色に変化していた。

 まだ帰宅ラッシュ前の時間帯の為か交通量はほとんどない。

「相変わらず、普通の踏切だねえ」

「そうね」

 二人はのんびりと歩きながらギロチン踏切へと近づいて行く。

 すると、二人の脇を一台の軽自動車が通り過ぎる。

 そして、踏切の前で停まると運転席の扉が開いた。

 降りてきた男が、いそいそと警報器のたもとに近づくと、手に持っていた何かを献花けんかやお供え物のある場所に置いた。

 そして、手を合わせる事もせずに再び素早く車に乗り込み、踏切を渡ってどこかへと去っていった。

「今の何かしら? 梶原さんの遺族? ……にしては、様子がおかしかったけれど」

 そこで茅野は隣を歩く桜井が、思案顔で両腕を組み合わせ「うーん」とうなっている事に気がついた。

「どうしたのかしら? 梨沙さん」

「さっきの男、どっかで見た事があるんだよねえ……」

「あの、今の白い軽自動車の男の事?」

「うん。そう」

「梨沙さんの知り合いかしら?」

 桜井は首を横にぶんぶんと振る。

「いや……そういうんじゃなくって、最近、どっかで見かけたっていうか……すれ違った? いや……とにかく、そんな程度なんだけど、絶対にあの顔は見ている」

「梨沙さんが、そう言うならば間違いはないのでしょうね……」

 茅野は、この一見するとおバカっぽい親友の記憶力が、意外に卓越たくえつした物である事をよく知っていた。

 取り合えず必死に思い出そうとする桜井の邪魔をしないように口をつぐむ。

 そのまま二人は、踏切へと近づいてゆく。

 桜井はまだ難しい顔で、ああでもない、こうでもない……と、唸り声をあげている。

 茅野は歩きながら例の如くデジタル一眼カメラで撮影の準備を始める。

 やがて桜井と茅野は、ギロチン踏切に辿り着く。

 そして、警報器のたもとに置いてあったお供え物の中に置いてあったそれ・・を見て、桜井と茅野は目を見開き、顔を見合わせる。

 それはついさっきの男が置いていった物だった。

「循……これ・・って」

 茅野は頷く。

「間違いないわね……。南下を続けていた首なし幽霊が踏切へと戻った理由はこれ・・よ。そして、恐らく、さっきの男が、二年前に梶原聖さんの生首を持ち去った犯人」

 そこで桜井が「あっ!」と声をあげる。

「どうしたのかしら?」

 茅野が問うと桜井は少し興奮ぎみに言う。

「思い出したよ! さっきのあの男、どこで見たのか……」

「それなら、私もだいたい解ったわ。さっきの男は……」

 と、茅野は桜井に、あの男が何者であるのか……自らの推理を告げた。

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