【04】相違点


 桜井と茅野は、森島と富岡に礼を述べてファミレスを後にした。

「……何か疲れたよ」

「私もよ……」

 二人はげんなりとしながらバス乗り場を目指す。

「あの二人じゃなくて他の目撃者に話を聞けばよかったね」

 その桜井の言葉に茅野は首を振る。

「それが、あの二人は特別なのよ」

「特別?」

「そうよ」

 茅野は右手の人差し指を立てる。

「信憑性のある首なし幽霊の目撃情報は全部で八件。そのうち、あの二人と他の七件には明らかなる相違点があったの」

「バカかそうじゃないかって事?」

「せめてバカップルって言ってあげなさい」

 茅野は桜井の辛辣しんらつな言い草に苦笑する。

「その相違点は、“首なし幽霊に襲われたかどうか”よ。あの二人は『首なし幽霊が襲いかかってきた』と言っていた。SNSの呟きにもそう書き込まれていたわ」

「確かにそう言ってたね。腕をゾンビみたいに伸ばして襲いかかってきたって」

「でも、他の七件は『すれ違った』とか『目撃した』とか、そんな呟きばかりだったの」

「二人が作り話をしている可能性は?」

 茅野は首を振る。

「呟きもディティールが細かかったし、矛盾点も見られなかった。そして今日、直接、話を聞いて確信したけれど、嘘は吐いていないと思うわ」

「じゃあ、あの二人の話が本当だとして……何で首なし幽霊は、あの二人に襲いかかったのかなあ」

「それはまだ何とも言えないわ。ただ、それを解き明かす事が梶原さんの見つかっていない首のありかに通じていると、私は考えている。……直感ではあるけれど」

「あの二人が、梶原さんの首を自殺現場から持ち去ったって事?」

「それは多分、違うと思う。だって、あの二人、いかにも普通の高校生だもの」

「自殺があった一昨年は、中学三年生か」

「そうよ。中学三年生で生首を何らかの理由で自殺現場から持ち帰るなんて、ちょっと仕上がり過ぎだもの」

「もし、そうなら将来性有望過ぎて怖いね」

 そうして桜井と茅野は、バス乗り場に到着した。

 その後、市内を周遊するバスに乗り、くだんのコンビニ近くのバス亭を目指した。




 十六時数分前だというのに、既に辺りは暗くなりかけていた。

 ジェット機のエンジン音が寒空から降りそそぐ。

 コンビニの見慣れたロゴとカラーリング。

 そして、マルチコピー機の近くの硝子張りに、オッドアイの白猫の目撃情報を呼びかける手作りのポスターが張られている。

 店内に客はいない。

 レジカウンターの中では禿げ頭の痩せた男の店員が、首から提げた端末に目線を落としながら、何らかの作業を行っていた。

 やはり普通のコンビニである。

「二人の話ではだいたい十六時頃と言っていたから、十六時きっかりに始めましょう」

 コンビニの駐車場の隅でスマホを眺めながら茅野が言った。

 彼女の意図を図りかねた桜井が首を傾げる。

「何を?」

「異次元屋敷と同じよ。あの二人が当日取った行動を私たちもなぞってみるのよ」

「ああ……。なるほど」

 桜井はそう言って、両手を、ぽん、と叩き合わせた。

「コンビニで肉まんとあんまんを買って、あそこで食べる……これで、首なし幽霊が現れてくれれば簡単なんだけど」

「そうは上手く行かないだろうね」

 二人の目線かコンビニの軒下にあるベンチにそそがれる。

 因みに駐車場には白いライトバンと軽自動車が二台。

 軒下のベンチから少し離れた場所にある立ち灰皿の脇では、缶珈琲を片手に煙草をふかすスーツ姿の男が一人。

 茅野がもう一度、スマホの画面に目線を落とす。

「五十八……五十九……さあ、検証スタートよ」

「りょうかーい」

 二人はコンビニの玄関へと向かった。




「結局、何もないね。肉まんは美味しいけどさ……」

 桜井が駐車場の向こうに見える車道を流れる車を眺めながら肉まんにかぶりついた。

「そうね……何も起きないのは、餡まんじゃなくてピザまんだからかしら?」

 茅野も同じようにピザまんにかぶりつく。

 因みにわざと外してピザまんにした訳ではなく、餡まんが売り切れていた為だった。

「多分、何まんだろうが、関係ないんじゃないかな」

「そうね……」

 茅野は桜井の言葉に返事をしてスマホを取りだし、画面をなぞり始める。

 すると……。

「え?」

 茅野が怪訝けげんな顔をする。

 桜井は頬を膨らませたまま問うた。

「あに? もがもがもが……」

「まずは肉まんを飲み込んで、梨沙さん」

 言われた通りに肉まんを飲み込む桜井。

「……で、どうしたのさ?」

 茅野は桜井にスマホの画面を見せる。

 すると、そこには“例のギロチン踏切で首なし少女の幽霊を見た”という呟きが表示されていた。

「え!? 何で? 幽霊はギロチン踏切から南下してたんじゃないの!?」

「ええ。この呟きが本当なら、なぜかまた踏切に戻っているわね」

「もしかして、もう首が見つかったとか……」

 茅野は首を振り、再びスマホの画面を指でなぞる。

「どうかしら……」

 再び桜井に画面を見せた。

 そこ表示されているのは一枚の画像だった。

 踏切の警報器のたもとに佇む緑のダッフルコートコートをまとった少女が写っている。首はない。

「何これ? 心霊写真?」

「そうらしいわ。今日、撮影されたものみたいだけれど……」

「首は見つかってなさそうだね。この写真を見る限りだと」

「彼女は恥ずかしがり屋で顔を写されたくなかったという可能性もあるけれど……だから、首をわざと外して写真に写ったとか」

「それなら最初から幽霊になって出てこないよ、きっと……」

「それもそうね」

 茅野は桜井のもっともな突っ込みに頷き、スマホを操作し始める。

「取り合えず、この写真が本物かどうか、専門家に聞いてみましょうか」

 そう言って、写真部の西木千里の元へと事情を説明したメッセージと画像を送った。

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