【03】逢魔


 次の日の放課後。

 県庁所在地の駅前にあるファミリーレストランだった。

「……で、颯くんがぁ、幽霊の前に立ちはだかってぇ……」

 隣に座るカレシの肩にしなだれかかりながら甘い声で語るのは、富岡美優であった。

「もう、俺も必死でさぁ……。でも、アイツ、俺にビビって消えたんだよ」

 富岡の肩を抱き寄せ、先週とはまるで別人のような一皮剥けた表情で、そう語るのは森島颯である。

「それで、コンビニの店員や他のお客の様子は?」

 と、問うたのは茅野だった。彼女の質問に富岡が答える。

「わかんないけどぉ……別に騒ぎになったりとかはなかったよね?」

「ああ……そうだったな。駐車場には俺たちしかいなかったし、確かコンビニに客も……いなかったと思う」

 森島が、コーラをストローですする。

 そこは店内でも奥まった位置にある四人がけの席であった。

 その日の放課後、桜井と茅野は森島と富岡の口から語られる首なし幽霊の目撃談に耳を傾けていた。

 SNSで連絡を取り、一品おごりを条件に二人を呼び出す事に成功したのだ。

「それでぇ……その後だよね?」

 富岡が森島の横顔を上目使いで見あげる。

 森島も「ああ……」と優しく微笑む。

 今の二人の間には蟻の一匹も通り抜けられる隙間はない。

「その後に何かあったのですか?」

 茅野には想像がつかず、二人に問いただした。

 なお桜井は、まったく話を聞いていなさそうな顔で苺パフェに長いスプーンを突き立てている。

 富岡は頬を赤らめながら茅野の質問に答えた。

「……その後、私が『怖いからもう少し一緒にいたい』って、言ってぇ……」

「俺の家、両親が共働きで帰ってくるの何時も深夜だし」

「颯くんの家に二人で、それで、その後……」

「それで、どうなったのですか?」

 茅野はゴクリと生唾を飲み込む。

 すわ再び首なし幽霊が出現したのか……と、そう思ったのであるが、


「……私と颯くんは……初めてひとつになりましたっ。……きゃっ!」


「へ?」

 目が点になる茅野。流石の桜井も唖然とする。

「何が?」

 すると森島は鼻を鳴らして笑う。

「おいおい、そこまで言わせんなよ?」

「嫌だ、もー!」

 茅野は引きった表情で笑う。

「ああ……それは失礼。で、そのコンビニの場所を教えて欲しいのだけれど」

「何か、恥ずかしー!」

 目をぎゅっとつむり、ぽかぽかとカレシの胸板を叩く富岡。

「まあまあ。教えてやろうぜ。俺たちの愛の聖地サンクチュアリを……」

愛の聖地サンクチュアリ……何か素敵……ロマンチックね……」

 見つめ合う二人。

 桜井と茅野は顔を見合わせ『でも、普通のコンビニなんだよなあ……』と思ったが口には出さなかった。




 彼は元々、ギロチン踏切の近くにある総合病院で清掃員として働いていた。

 住居のアパートも踏切に比較的近い線路沿いであった。

 彼の実家は五キロほどの場所にあったが、高校を卒業して就職すると同時に家を出て一人暮らしをしていた。

 片親である母親は、近場なんだしわざわざ出てゆく事はないと言ってくれたが、彼は聞き入れなかった。

 理由は単純で、母は彼の趣味・・に理解を示そうとしなかったからだ。

 そんな彼の暮らしは孤独で裕福とは言えなかったが、母親の目を気にする事なく標本作りに没頭出来るというだけで、心が満たされた。

 同僚からは変人の烙印を押され、看護師の異性から不気味な男だといとわれていたが、そんな事は彼にとってどうでもよかった。

 中学生の頃から昆虫標本や小動物の剥製作はくせいづくりに没頭していた彼にとって、生きた人間の織り成す有象無象の事柄など、心底どうでもよかった。

 生物の死の瞬間を永遠に切り取る……彼の興味は幼き日より、異常なほど大きくへと傾いていた。


 そして二〇一八年の二月十四日の夜だった。

 当時は車を所持していなかった彼は、仕事を終えて徒歩で自宅へと帰ろうとしていた。

 病院を出て悪天候の中、雪中行軍を続けてしばらくの事だった。

 彼は、この夜を境にギロチン踏切と呼ばれる事になる踏切に辿り着く。

 既に警報器が明滅しており、けたたましい音を立てていた。遮断棒が行く手を塞いでいる。

 そして彼は踏切の中央を見て、ぎょっとする。

 そこには緑のダッフルコートを着た少女が寝転んでいたからだ。

 頭が真っ白になり、ただ立ち尽くし、その光景を見守っていると甲高い警笛が聞こえた。

 迫るヘッドライトとけたたましいブレーキの音。

 しかし、少女は牡丹雪ぼたんゆきの降りしきる夜空を見あげたまま動かない。

 やがて電車が踏切に差しかかった瞬間、どん、と雷鳴のような音がして血飛沫が舞う。

 そのまま電車は少女の華奢きゃしゃな身体を押し退けながら踏切を通過して、ようやく停まった。

 唖然として立ち尽くしていた彼は、自らが激しく射精している事に気がつく。

 その直後、彼は急いで踏切脇の路地の側溝に落ちた彼女の首を拾いに向かった。


 ……こうして梶原聖の生首は、その日のうちにプラスティネーション製作の第一段階である、ホルマリンへと浸けられる事となった。




 梶原聖の生首との邂逅かいこうから、ひと月が経ったある日の事だった。

 この頃、彼は病院の仕事をクビになった。理由は経営難からくるリストラである。

 ちょうど同じ頃に母が死に、彼はアパートを引き払って、誰もいなくなった実家に移る事にした。

 よい切っ掛けだと思った。

 なぜならコレクションは既に膨大な数となっており、狭いアパートの一室では収まりきらなくなっていたからだ。

 新しい就職先は中々見つからなかったが、母親が遺してくれた幾ばくかの貯金もあり、生活にはさほど困らなかった。

 そんなある日の事だった。

 彼はSNSで、あの踏切の噂を耳にしてしまう。首なし少女の亡霊が、まだ見つかっていない自らの首を探していると……。

 彼は恐れた。

 幽霊やたたりなどをではない。

 自分の一番の宝物である、あの首を失ってしまう事を……。

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