【02】新たな都市伝説


 二〇一九年十一月十一日の放課後だった。

 古いエアコンが暖気を吐き出す。

 寒風打ちつける窓の外には、黄金色の銀杏の樹が揺れていた。

 それは、いつものオカルト研究会の部室であった。

ひまだねえ……」

「そうね……」

 桜井はぐでっとテーブルに上半身を投げ出し、茅野は何やらタブレットの画面を凝視しながら指を這わせている。

「こんな時は、西木さんがずばっといかしたスポットの情報を……」

 その桜井の言葉を、茅野は画面を見つめたまま残念そうに首を横に振って否定する。

「今日は月イチで開催される部の品評会に出品する作品を撮りに行っているらしいから、こちらに顔を出せないらしいわ」

「部活か……。ああ見えて真面目だよね。成績もそんなに悪くないし……」

 二人の友人である西木千里は一見すると派手で、いかにも遊んでいそうなギャルといった印象である。

 しかし、大人たちからの評判はよく、学校の先輩たちにも顔が利く。

 そういった彼女の人望は、これまでに幾度か貴重な情報源となってくれた。

「話してみると意外に真面目……それが、恐らく彼女の歳上受けの秘密だと私は分析するわ」

 そう言って、茅野は湯気の立つ珈琲カップの縁へと唇をつける。

「意外と……ていうのがポイントだね」

「そうね。“話してみたら噂どおり頭がおかしかった”と評判の我々としては見習いたいところね」

 その自嘲気味の言葉に、桜井は苦笑する。

「まあ……うん。否定はしないよ」

「取り合えず、西木さんが駄目で、依頼者も誰もこないとなれば自家発電・・・・しかないわ」

「自家発電ねえ……でもさあ、大体、近場は行ったんじゃないの?」

 桜井の問いに茅野は目線をあげて答える。

「そうね。……でもこれを取り合えず見てみて」

 そして、タブレットを桜井に見せる。

「なになに……?」

 桜井も姿勢を正して画面を覗き込んだ。

 そこにはSNSの呟きが並んでいる。

「何このハッシュタグ……首なし?」

「そうよ。ここ最近、県庁所在地のいたるところで緑のダッフルコートを着た首なし少女の幽霊が目撃されていて話題になっているの。新たなローカル都市伝説ね」

「緑のダッフルコート……って、あのギロチン踏切の? でも、あの幽霊って、踏切に出るって話じゃなかったっけ? 今は町中をうろついているの?」

「そうね。町中で見かけられているようね」

「何で……? こういうのって自爆霊とかいって、爆発するから死んだ場所から離れられないんじゃないの?」

「梨沙さん、霊は多分、爆発はしないと思うわ」

 そう言って、茅野は画面を指でなぞり、再びタブレットを桜井の方へ差し出した。

「……で、今はSNSに投稿された目撃例の中で信憑性の高そうな物だけ抜き出して、場所と日付を地図上に並べていたところよ」

「これが、その地図……」

 桜井は地図に印された赤い点と、その下部に印された日付を眺める。

 そして、気がついた。

「ギロチン踏切から南下してる?」

 茅野が「そうよ」と頷く。

 因みに赤い点は全部で八つある。

「それが出現の法則か……。でも、そもそも何で首なしの幽霊は、踏切から南下を始めたんだろね」

「それは、何となく想像がつくわ」

 と、茅野は人差し指を立てた。

「何?」

「きっと、自分の首を探しているのよ。当初は、踏切の近辺のみだったけど次第に捜索範囲を広げていった。その過程で踏切以外での目撃例も増えていったのね。そうして、最近になって、その噂が浸透しんとうし始めた」

「なるほどー。じゃあ、この町の南の方になくなった首があるって事?」

「私の想像が正しいならばね」

「でも、それなら、その首はどうして、事故のあった踏切の周囲ではなく、こんなに離れた場所へ?」

 地図を見ると、いちばん新しい目撃場所は踏切から五キロぐらい離れている。

「首のありかが事故現場から、これだけ離れた場所にある……という事は、偶然移動した訳ではなさそうね」

「つまり?」

 桜井が聞き返すと茅野は悪魔のような笑みを浮かべながら言った。


「……誰かが事故現場から首を持ち去った可能性が高い」




 回転する換気扇のプロペラの隙間から光が射し込む。

 その室内は、ホルマリンやアセトンなどの臭いが染みつき、慣れない者は顔をしかめてしまうだろう。

 様々な容器や器具の並べられた棚。

 そして、不気味な唸り声を立てる業務用冷蔵庫と、部屋の中央にある大きな作業台……。

 流しの隣には、計りのついた小型の洗濯機のような物が置いてある。

 循環型の流水ポンプアスピレータを用いた減圧機である。

 かなりの値段はしたが、その甲斐はあったと彼は満足していた。

 減圧機の蓋を開けてゴム手袋に覆われた両手を入れて、中の物を取り出す。

 それはオッドアイの白猫だった。

 その表情は断末魔でこり固まったまま動かない。

 プラスティネーション――生物の遺体の水分と脂肪分を樹脂に置き換えた標本である。

 質感は生々しく、死後すぐの状態を半永久的に保存できる。

 そして旧来のホルマリン漬けの標本とは違い、直接触れる事が可能だ。

 彼は恍惚こうこつな目付きで白猫のプラスティネーションを舐めまわすように眺め「ふう……」と満足げな溜め息を吐いた。

 このあと、白猫のプラスティネーションは数日間、除湿を効かせた部屋で乾燥させた後で、ようやく完成となる。

 彼のコレクションルームには、こうした標本が何点も飾られていた。

 最初は、そこら辺の田んぼや用水路にいる蛙や蛇や蜥蜴とかげといった小さな獲物で満足だった。

 それが次第に小鳥、いたちや猫や犬へと移り変わってゆく……。

 そんな時、彼は偶然にも梶原聖の生首と出会ってしまった。

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