【07】後日譚
住宅街の一軒家から、二年前に自殺した少女の生首の標本と女性の白骨死体が発見された。
この猟奇的なニュースは、日本全国を
その家に住んでいたのは近くのコンビニでアルバイトをしていた男だった。
名前を
年齢は三十一歳。
彼を知る職場の店長によれば、大人しい性格で勤務態度も真面目との事だった。
女性の白骨死体は、彼の母なのだという。二年前に実家へ帰ったところ、布団の中で冷たくなっていたらしい。
死亡届けは出されておらず、彼は母親の年金を不正に受給していた。
因みに母について、馬場は「汚いので触りたくなかった」と供述している。
これに加え、近所の飼い犬や飼い猫などをさらい標本にしていた事も判明した。
馬場宗也は死体遺棄、年金不正受給、動物愛護法違反の罪で、現在取り調べを受けている。
死の家の探索から日が明けて、翌日の放課後だった。
「何か
と、気だるげに言ったのは、桜井梨沙であった。猫舌の彼女は、茅野の入れた珈琲を「ふー、ふー」とやって冷ます。
そこはいつものオカ研部室だった。
「彼は、もう少ししたら
茅野が甘い珈琲を
「でもさー、結局はどういう事なの? 幽霊は首を求めて南下していたんだよね?」
と、問うたのは西木である。彼女も事の
因みに西木の珈琲はミルク入り砂糖抜きで桜井がブラックである。
そして珈琲には角砂糖三つの茅野が、西木の問いに「そうね」と答える。
「結局、あの写真の首なし幽霊は、犯人のいたコンビニに辿り着いたのよね?」
「そうね」
「じゃあ、何で、また踏切に戻った訳?」
西木が首を傾げる。
「それはねえ……」
と、言って桜井がお茶請けの温泉まんじゅうをつかんで
「コレがその原因だよ」
見事などや顔だったが西木には、さっぱり何の事なのか解らない。
因みに桜井は事前に茅野から話を聞いていたので知っているだけだった。
「どういう事なの? 桜井ちゃん……」
茅野が解説を引き継ぐ。
「ええっと、貴女には、どこまで話していたかしら? その犯人の勤めていたコンビニで高校生二人のカップルが首なし幽霊に襲われた話は?」
「ああ、うん。聞いた。そういえば、それも不思議よね。何で首なし幽霊はその二人の高校生に……」
「その原因は、彼らの食べていた
「えええっ!?」
そのあまりにも意外な答えに、西木は目を見開いて驚く。
「いやいや、茅野っち……幽霊が中華まんを食べたかったって事? 全然意味が解らないんだけど」
「西木さんは“まんじゅう”って漢字で書ける?」
茅野の唐突な問いに、西木はしばし思案顔を浮かべてから首を
「まんじゅうの“まん”が解らないかな……。でも“じゅう”は確か“頭”って書くんだよね?」
茅野は頷く。
「そうよ。……では、なぜ、頭と書くのか解るかしら?」
「いや、全然、想像もつかないけど……」
「中国の北宋時代の書物にこんな話が記されているらしいわ。……三世紀に
「四十九人て……」
西木は唖然とする。
「ぼったくりだよね」
桜井が肩をすくめた。そして、茅野の話は続く。
「まあ、川が氾濫するたびに四十九人も人の首を斬るだなんて、無茶苦茶よ。そこで諸葛亮は、この悪習を立ち切る為に一計を案じた。……小麦粉を練り合わせ、中に豚や羊の肉を詰めた物を人間の首の代わりに鬼神へと捧げたの。すると、氾濫は見事に収まった」
「それが、まんじゅうの起源?」
「そうよ。
西木はそこではたと気がつく。
「だから、首なしの幽霊は、二人のカップルが食べていたまんじゅうを
茅野は頷く。
「そして、二人のカップルが首なしの幽霊に襲われるところを見ていた者がいた。それが、そのときコンビニでバイト中だった馬場宗也よ。彼はまんじゅうが、首なし幽霊に対して
「そこで踏切に肉まんをお供えするようになったんだ」
桜井はそう言ってまんじゅうをひとつ、ぺろりと食べる。
「これは私の推測だけれど馬場は多分、首なし幽霊が南下している事も知っていたんじゃないかしら? そして、いずれ自分の元に現れるのを恐れていた。だから、これ幸いと、肉まんを供え続けて首なし幽霊を踏切から動けないようにするつもりだった」
「でも、そんなに彼女の首を返したくなかったのかな……」
西木はうっそりとした表情で言った。どうやら、どん引きしているようだ。
茅野がくすりと笑う。
「生物というのは極論、“生”と“死”にしか興味を持てないものよ。彼の興味は何かの切っ掛けで大きく死の方向へと傾いていた。ただ、それだけの事」
「それだけの事って……」
やはり西木には、ぴんとこなかった。
自分だったら生首なんて、例え愛する人の物でもごめんだ。ちっとも欲しくないし気持ち悪いと思った。そして、それがきっと
「人間の切り離された頭部は死の象徴……死そのものといってもいいわ。だって、首を胴から切り離されて生きていられる人間なんていないのだもの」
「だから、あの子の首は、彼にとっては凄いお宝だったんだねえ……」
桜井はしみじみとそう言って、まんじゅうをぺろりとひとつ平らげた。
「あー、まんじゅう怖い。熱い珈琲がいっぱい怖い」
そう言って、楽しげに珈琲を飲んだ。
西木は自分の目の前にある
(了)
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