【12】後日譚
茅野たちは近くにあった農協の駐車場の古びた公衆電話より匿名で通報した。
楝蛇塚の一件で警察の事情聴取でうんざりしていたからだ。
結果、廃屋の古井戸から少女の
その遺体の一部分は死蝋化していたのだという。
身元は虫歯の治療痕などから白川貴理絵であると断定された。
井戸から死体が発見されたという部分が注目され“リアル貞子”などと、世間は不謹慎な程に大きく騒ぎ立てた。また不自然な遺体発見の状況が、様々な憶測を呼んでいるようだ。
そうして、数日が経過した。
いつものオカルト研究会部室にて。
桜井、茅野、西木の三人はテーブルを囲み、珈琲カップを片手に一連の出来事を振り返る。
「しっかし、人生で二度目がこうも近い間隔で訪れるだなんて……」
西木がげんなりした調子で言った。
弁当箱を開け、おにぎりを包んでいたアルミホイルをむいた。
そんな彼女に向かって桜井はきょとんとした表情で首を傾げる。
「何が二回目なの?」
「死体を発見した事だよ、桜井ちゃん」
「ああー」
……などと、間延びした声を出しながら納得した様子で頷く桜井。
そして、がつがつと弁当を食べ始める。今日もお手製のキャラ弁であった。
何かキャラ弁製作にはまったらしい。
「今回も中々楽しかったわ」
茅野は悪魔のように微笑みながら、カップの中に三つの角砂糖を立て続けに落とした。
そうしてコンビニで買ったサンドウィッチの包装を開ける。
「西木さんの持ってくる話はどれもハズレなしね。素晴らしいわ」
「よっ、すべらない女!」
「……それは、どうも」
この二人に評価されている事は少しだけ嬉しいが、事が事だけに素直に喜べない西木であった。
「今回の一件で面白いのは……」
そこで、茅野はスマホの画面をなぞる。画面にはSNS上でなされた無数の呟きが並んでいた。
「私たちが白川さんの遺体を発見した事により、あの井戸が世間で心霊スポットとして認知され始めている事よ」
「呪いの映画や撮影者三人の死についての話が拡散されるのも時間の問題かもね。そうすれば、あの井戸はますます
桜井の言葉に茅野は頷く。
「もしかしたら、白川さんは最初から、これを狙っていたのかもしれないわ」
「完全に目的と手段があべこべだね」
「そうね」
桜井と茅野が顔を見合わせて「あははは」と楽しげに笑う。
しかし、西木には、やはり笑えなかった。
「……ねえ。それより、私たち、白川さんに祟られていないかな?」
「ああ、九尾センセに電話で確認したから、その辺りはだいじょうぶ」
桜井が確信に満ちた表情でそう言って、茅野はその言葉に同意する。
「一応、あの人は本物だから、信用していいわ」
「あたしと、違ってね」
桜井がなぜかどや顔で胸を張る。
「彼女によれば、白川さんの霊は
「しかし、自称とはいえ霊能者が本物の怨霊になってしまうだなんて、皮肉だね」
しみじみとそう言って、自称霊能者だった桜井は、両腕を組み合わせて深々と頷いた。
「でも……こんな事を言うのは、少しだけ不謹慎かもしれないけれど」
と、茅野は前置きをして言う。
「もしかしたら、白川さん、これは、これで、幸せなのかもしれないわね」
「幸せ……なのかなぁ?」
西木は首を傾げたが、これについては何となく解るような気もした。
彼女は特別な存在になりたくて、自分を霊能者だと偽り、思い込もうとした。
そして、死ぬ事で心霊スポットの
「まあ、死んだ後に幸せが待っている……だなんて馬鹿げた事は言わないけれど、それでも今の彼女の心が少しでも安らかである事を願うわ」
茅野はそう言って肩をすくめ、井戸の底のような闇色の甘くて苦い珈琲を静かに
それから数年後の真夏の夜。
蛙と虫たちの大合唱が響き渡る熱帯夜だった。
「ねぇ……ケイヤくん、本当に、ここでするの?」
そう言ったのは、胸の大きい、いかにも男好きしそうな顔の女だった。
「ああ。スリルがあっていいじゃねえかよ……」
ケイヤと呼ばれた男は、不敵な笑みを浮かべながら口角を釣りあげる。
ストリート系のファッションに身を包んだ屈強な男だった。
そんな二人が目の前にしているのは、あの例の土蔵である。
鎖と南京錠で施錠されていた入り口は、ここを訪れた不届きな何者かにより、扉板ごと外されて開け放たれていた。
「でもぉ……この井戸、ガチでヤバイんでしょお……?」
女が右手に持つ懐中電灯から伸びた光が、土蔵の中の古井戸を不気味に照らしあげている。
その中を数匹の蛾や羽虫が渦を巻いて飛んでいた。
「何かニュースで前に見たけど貞子の死体が見つかったってぇ……」
「へっ。上等だろ。ネクラブスの幽霊に、激しいヤツを見せつけてやろうぜ」
「いやだぁ……もうっ!」
「それによ、知ってっか? おめー」
「なあに?」
「恐怖ってヤツは生存本能を刺激するんだぜ?」
ケイヤがいやらしい顔でほくそ笑み、女の肩に右腕をかけて、その頬に鼻先を擦りつける。
「今日のオレ、いつもよりバッキバキだぜ?」
「……ケイヤの……えっち」
女が頬を赤らめながら、そう言った瞬間だった。
井戸の縁に真っ白い指が掛かる。
その懐中電灯の明かりの中に浮かびあがったあり得ないモノに、ケイヤと女は同時に気がつく。
「ひっ……」
かすれた悲鳴をあげ、凍りついた女をケイヤは突き飛ばし、
「うわああああああああっ!! ほっ、本当に出やがった!!」
小便を漏らしながら、門まで
「ちょっと、ケイヤ! ケイヤ! 待ってよ……待って! 何でカノジョのワタシを置いて行くワケ!? 信じられないっ!」
女は半ギレしながらどうにか立ちあがり、ケイヤの後を追った。
そのとき、彼女は女の笑い声を耳にする。
その声は、心の底から楽しそうだった。
(了)
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