【10】脱け殻


 保健室には誰もいなかった。

 桜井、茅野、西木は、三つ並んだベッドにそれぞれ横たわる。我が物顔である。

 真ん中のベッドで茅野がスマホを指でなぞりながら言った。

「エンディングロールにあった、あのPart6の撮影係の名前……」

「ああ。橋村菫、久我山紗理奈、遠野久子……だっけ?」

 窓際のベッドで桜井がそう言うと、反対側のベッドで西木が驚きの声をあげる。

「よく覚えてたね、桜井ちゃん」

「梨沙さんは、意外と記憶力がよいのよ」

 なぜか自分の事のように、どや顔をする茅野だった。

「それはそうと循、その三人がどうしたって?」

「ああ……」と茅野は、もう一度スマホに目線を移す。

「その三人……死んでいるみたい」

 桜井と西木が茅野の方を向く。

「マジで?」

「それ、本当に? 茅野っち……」

 茅野は仰向けでスマホの画面に目線を走らせたまま頷く。

「まず、二〇〇六年に遠野寿子が飛び込み自殺で……更に二〇〇七年に久我山紗理奈が交通事故……続く二〇〇八年に橋村菫が自宅の部屋で心臓麻痺で亡くなっているわね」

「一年おき……偶然なのかな?」

「驚くのはまだ早いわ。梨沙さん。この三人が死んだ日は十一月三日。その年の文化の日なのよ」

 西木が唇を戦慄かせる。

「それは、ファニーゲームが公開された藤花祭の……」

「そうよ。彼女らが卒業した後で、丁度、在校期間が重なった生徒もいなくなった後だから、それほど噂にならなかったのでしょうね。でも、この符合は明らかに異常よ」

「じゃあ、白川さんは九尾センセみたいに本物の霊能者だったって事? 三人が白川さんを騙したのとは別に、本当にあの井戸は呪われていたっていう事? ……もう、訳が分からないよ」

 桜井がお手あげといった様子で、天井に向かって溜め息を吐いた。

「そう言えば、桜井ちゃんは何か視えたり、感じたりしないの?」

「え……? 何で?」

 ベッドの上で上半身を起こし真顔で首を傾げる桜井。

 西木が苦笑する。

「いやいや。桜井ちゃんも霊能者なんでしょ?」

「いや、それ、嘘だから」

 桜井がいとも容易くカミングアウトする。

「何か薄々はそう思ってたけど……そんなにあっけらかんと……そんな秘密を……」

「まあ、それは兎も角……」

「茅野っちも、あっさり流そうとしないでー!」

 もう『桜井梨沙に霊感がある』という噂は、藤女子生徒の中では共通認識となっていた。

 それをあっさりとひるがえす告白を受けて戸惑う。

 そして茅野は西木の、全力の突っ込みを放置して話題を元に戻した。

「この一連の怪死事件の鍵は白川さんでしょうね」

「今、白川さんはどうしているのかな?」

 桜井のその疑問に西木が答える。

「呪いの映画を貸してくれた人なら知ってるかも。ちょっと連絡取ってみようか?」

 もう、ついさっき知った桜井の霊能力に関する真実については聞かなかった事にしたようだ。

 西木は身を起こし、ベッドの縁に腰かけて、スマホを手に取った。

 すると茅野が、がばっ、と上半身を起こす。

「その必要はないわ」

「え……?」

 西木がきょとんとした表情で聞き返す。

「白川さんが今どこにいて、何をしているのか、だいたい解った・・・・・・・

 西木は楝蛇塚にまつわる一連の事件の時に聞いた桜井の言葉を思い出す。


 ……だいたい解った。


 この言葉が茅野循の口から出た時は、本当に彼女がだいたいの事を解った時なのだと。




 その日の放課後、桜井、茅野、西木の三人は、旧橋村家跡地に向かった。

 あっさりと門のロープを潜り抜け、ピッキングで鍵を外し、土蔵の中へと入る。

「それじゃ、始めましょう」

 そう言って茅野は井戸から一番近い場所にあった柱に、途中のホームセンターで買ってきた作業用ロープをもやい結びで結んだ。

 その反対側の先端を井戸の中に投げ入れる。

「じゃ、行ってくるね」

 桜井がロープを握り、井戸の縁に立った。

「お願いするわ」

 その茅野の言葉と共に、桜井はするすると井戸の底へと降り始めた。

「本当に、井戸の底に?」

 西木が不安げな表情で茅野に訊いた。

「まあ、見てなさい……」

 茅野は悪魔のような笑みを浮かべて井戸の中を覗く。

 西木も言われた通り、黙って成り行きを見守る事にした。井戸の底を見おろす。

 すると、桜井が井戸の底に足をつける。

 その瞬間だった。

 桜井が足をおろした場所が沈み込む。逆に井戸の底の円周の反対側が埃と共に持ちあがる。

 西木は、はっと息を飲んだ。

 桜井が井戸の入り口を見あげながら叫ぶ。

「井戸の底に板が張ってある!」

 ペンキで灰色に塗られた板が、井戸の底に落としてあった。

「梨沙さん、その板をどかしてみて!」

 茅野は桜井に指示を送る。すると呑気な返事が地の底から聞こえた。

「りょうかーい」

 しかし、板は井戸の円周ギリギリで、壁面に擦れてしなり、中々どかせない。

 桜井は「ふう」と息を吐いて、再び目線をあげる。

「面倒だからこの板、割るね」

「お願い。梨沙さん」

 メキメキと木板の軋む音が聞こえた。

 西木は眉をひそめながら茅野に問う。

「ねえ。茅野っち。どういう事……?」

「呪いの映画を観た時、気になっていた事があったの。あの中で井戸で撮った心霊写真を霊視するシーンがあったでしょ?」

「ああ。それがどうかしたの?」

「あの中に井戸の底を写した写真もあったわよね? こう……見おろすアングルで撮られたやつよ」

「うん……あった」

 西木は思案顔を浮かべて思い出す。

「あの写真に写っていた井戸の底は、敷石が螺旋状らせんじょうに並べられていた」

「うん。よく覚えてないけど……」

「……で、これが先日、この場所で同じように井戸の底を撮影した写真」

「あ……」

 その写真に写し出されている井戸の底は、灰色で真っ平ら・・・・・・・だった。

「おーい、循!」

 桜井の声がした。茅野と西木は井戸を覗き込む。そこには……。

「やっぱり、思った通りね。白川さんは・・・・・ずっとこの・・・・・場所にいた・・・・・のよ・・

 板の下には、胎児のように背を丸めた白いワンピース姿の木乃伊ミイラが横たわっていた。

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