【07】試写会


 間の抜けた音楽のあとにファニーゲームのタイトルコール。

 そのあと『Part1』と画面に文字が浮かびあがり、他愛もない悪戯の映像が続く。

 最初は学校のいたるところにゾンビのマスクを被った仕掛人が現れるというものだ。

 ときおり笑いどころを強調したテロップが出るが、どこか寒々しい。

 現に桜井、茅野、西木の三人は真顔だった。

「自分が面白いって勘違いしてゆーちゅーばーになっちゃったけど、結局上手くいってない人の投稿動画を見てる気分」

 桜井の辛口な評価のあと、西木がタブレットを指差す。

「ねえ、ここ飛ばさない? 問題なのは最後だけなんでしょ?」

 しかし茅野は首を横に振る。

「駄目よ。一応、最初から最後まで通しで観るべきよ」

 ……そうこうして『Part1』が終わり、『Part2』『Part3』と続いてゆく。 そして『 Part5』が終わった頃に昼休みの終了を告げるチャイムが鳴った。

 しかし西木も何だかんだ言いつつ気になるらしく、動画を観ていく事にしたようだ。

 因みに、ここまでのクオリティは素人レベルにしてもできが悪いといった所である。

「十六年前といえば、YouTubeもニコニコ動画も始まっていない。こういった動画製作のノウハウは、まだ身近な物じゃなかったのでしょうね」

「……確かに今時だったら小学生でも、もう少しまともなやつが作れそう」

「桜井ちゃんって、けっこう辛辣しんらつだよね……」

 と、苦笑する西木。

 そして、ついに動画は問題の『Part6』に突入した。

 まず最初のシーンは放課後の教室だった。

 その窓際の席で何もない空間に向かって笑顔で話しかける少女の姿が映し出される。

 映像はどうやら隠し撮りされた物のようだ。

「この人が白川貴理絵さん?」

 桜井が画面を指差すと茅野は首肯する。

「多分、そうなんじゃないかしら?」

 茅野のように長い黒髪だったがパサついていて重々しい質感だった。顔立ちも地味で大人しそうに見えた。

 唐突に画面が黒一色になり、文字が浮かぶ。


 『これは我が校きっての有名人である白川貴理絵の霊能力が本物か否かを検証するVTRである』


「検証ね……」

 やや鼻白はなじろんだ様子で茅野は言った。

「物は言い様だね」

 桜井も続く。

 そして、仕掛人が白川貴理絵にパソコンで合成した偽の心霊写真を霊視させるシーンが始まる。

 写真は全部で四枚あり、最初にその四枚が順番にアップで映し出される。

 二枚は井戸の外側を撮したもの。もう二つは覗き込むようなアングルで撮られたもので、井戸の底には灰色の石材が螺旋を描くように敷き詰められていた。

 四枚とも白い光球がたくさん浮かんでいる。

「この白いのは何?」

 と、桜井が尋ねると西木が答えてくれた。

玉響現象たまゆらげんしょうね。オーブとも言うわ。肉眼では見えない空気中のほこりや水滴をカメラのレンズがとらえたものよ。フラッシュの加減なんかでも、こんな風に写る事がある」

「ふうん」

 いつもの気のない返事をする桜井。

 すると画面が切り替わり、白川が机の上に並べた写真に向かって手をかざしているところが映し出される。

 しばらくして、白川がそれらの写真の霊視の結果を述べた。

 すると仕掛人が言う。

 『あの、隠していた訳じゃないんだけど、大正時代にひいおばあちゃんの妹がこの井戸で亡くなっているらしいの』

 同時に画面の下部に『嘘です。そのような事実はありません』とテロップが表示される。

 目を見開いて驚く白川。

 そして、画面が切り替わる――


 よく手入れをされた柘植つげの生け垣。

 広い庭先。

 その向こうに見える大きな日本家屋は、りし日の橋村邸だ。

 白川は隠し撮りされているとも知らずに門を潜り抜ける。

 そして庭の右端にある土蔵へと向かった。

 白川は扉を押し開く。正面に古びた井戸があった。

 すると、その井戸の縁に青白い手が掛かる。

 髪の長い白いワンピースを着た女が這い出してきた。長い髪が顔の前に垂れさがり人相は解らない。

 『あああ……あれ……』

 白川が怯えた様子で井戸を指差した。すると画面の外から『ん? 何か視えるの?』と撮影者の呑気な声がした。

 画面の下部に『何も見えない振りをする仕掛人』のテロップが表示される。

 白いワンピースを着た女が井戸から這い出してきて四つん這いになった。

 『ねえ。本当にあれが見えないの!? 本当に見えないの!?』

 撮影者に向かって必死な顔で訴える白川。

 『必死(笑)』のテロップ。

 撮影者は、白々しく 『えっ、え……どこ? 何?』などと言ってとぼけている。

 次の瞬間だった。

 四つん這いになっていた女が立ちあがり、両手を掲げて白川に飛びかかろうとした。

 画面が大きくぶれる。白川が撮影者を突き飛ばして逃げ出したのだ。

 『ちょっと、待ちなさいよ!』

 撮影者の声。

 そして土蔵を出た白川はすぐにつまずいて転んでしまう。

 『大丈夫?』

 撮影者はそう言って白川に右手を差し出して引っ張る。

 彼女が立ちあがった。

 すると、土蔵の入り口からは、白いワンピース姿の女と共に……三年二組の久我山紗理奈が姿を現す。

 白いワンピースの女が長い黒髪のかつらをむしり取った。

 その下から現れた顔は、同じく三年二組の遠野寿子の物だった。

 唖然とする白川。

 『いやいや、どうも、どうも』

 ……などと、軽い調子で言いながら久我山は、両手で持ったプラカードを見せる。

 そこに書かれた文字を見て、白川は大きく目を見開いたまま、酸欠の金魚のように口をパクパクと開閉した。

 そのプラカードに書かれた文字は……。


 『ドッキリ大成功』


 『ああ……ああああ……ああ』

 言葉にならない声。

 意地の悪い笑みを浮かべ自らを見おろす橋村、久我山、遠野の三人の顔を見渡し――


 白川貴理絵は盛大に絶叫した。




 ――エンドロールが終わる。

 すると、桜井は深々と溜め息を吐いた。

「やっぱり気分のよいものではないね」

「別に画面が点滅するような演出はなかったよね」

 西木が怪訝けげんそうな顔をした。

「これで光過敏ひかりかびん性発作せいほっさが起こるとは思えないわ」

 と茅野が言ったところで、電子音が鳴る。

「あたしのスマホだ」

 そう言って、桜井はスマホの画面を見た。

「誰かしら? 梨沙さん」

「九尾のおねーさんから。」

「誰?」と怪訝そうな顔の西木に茅野は「知り合いの霊能者よ」と答える。

「霊能者と知り合いなんだ……」

 驚いたような、呆れたような、何とも言えない表情の西木を尻目に茅野は桜井に向かって言った。

「梨沙さん、スピーカーフォンにして頂戴ちょうだい

「りょうかーい」

 桜井は画面をタップしてスマホをテーブルの上に置いた。

 すると九尾の声が聞こえてくる。

『もしもし? 梨沙ちゃん? 循ちゃんもいる?』

「はーい」

「いるわよ」

 それぞれ返事をする。すると九尾が恐る恐るといった様子で言った。

『あの井戸の写真、いったい何なの……?』

「それを答える前に貴女の見解が知りたいわ」

 茅野が促すと、九尾は言った。

『その井戸、呪われている……』

「は?」

 桜井が思わず、すっとんきょうな声をあげる。

 すると本物の霊能者である九尾天全は、念を押すように言った。


『あの井戸の底に、何かよくないモノ・・・・・・がいるわ』

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