【06】井戸の写真
桜井と茅野が呑気に土蔵探索をしていた頃、九尾天全は箱根のネットも繋がらないほどの深い山奥にいた。
そこに所在する、ある山寺にまつわる事件の解決に数日前から当たっていたのだ。
複雑怪奇に入り組んだ関係者たちの人間模様と
そして九尾天全が、ようやく恐るべき真相に辿り着いたのは、その日の昼過ぎであった。
血も凍る難事件であったが、その詳細は今回の一件といっさい関係がないので割愛させていただく――
ともあれ、桜井と茅野の前でポンコツな姿を色々と晒してしまった彼女であったが、本当は凄く有能な霊能者なのであった。
その山寺から徒歩で人里まで下山し、依頼者の運転するパジェロに乗って宿泊先であった箱根でも有名な温泉旅館の駐車場に着いた時にはとっぷりと日が暮れていた。
「本当に先生……ありがとうございました。感謝しても、し切れません。貴女は命の恩人であります」
と、瞳を潤ませながら言うのは、今回の依頼者である
その彼の言葉に
彼女の瞳はすっかりと光を失い、その微笑みは引き
『今すぐに寝たい』
その九尾の切なる願いは、痛いほどに伝わってくる。
「それじゃあ、報酬は後日、指定の口座に振り込みますゆえに……それとは別に……」
と、車のトランクを開けて取り出したのは“箱根山”の純米大吟醸の一升瓶である。
「先生が日本酒好きだって聞いたもんで……」
「あい……ありがと」
大好きな日本酒を前にしてもまともにリアクションが取れないほどに疲弊しきっている九尾。
「本当に……本当にありがとうございました……」
と、それから権田原はお礼の言葉を五分ぐらい言い連ね、クラクションひとつを置き土産に立ち去っていった。
ようやく解放された九尾は、まるで夢遊病者のような足取りで旅館の軒先を潜り抜け、チェックインを済ませた。
そのまま風呂にも入らず、飯も喰わずに、翌日の朝まで一升瓶を抱き締めながら死んだように眠り――
「……よし。今日はのんびりするぞ」
と、目覚めた直後に布団の中で決意表明した。
天井ばかり見つめていても仕方がないので、のそのそと起きあがる。
朝風呂を浴び、朝飯を食べたあと、旅館の庭先を散策する。そのあと更に風呂に入り部屋に戻った。
「あ、そうだ」
そこで、ずっとスマホの電源を落としていた事を思い出す。
電源を入れてメールやメッセージアプリをチェックしていると九尾の表情が凍りつく。
「何これ……?」
その画面に表示されていたのは、桜井梨沙が送りつけた井戸の写真だった。
――時間は少し
「そういえば梨沙さん」
昼食のサンドウィッチを食べながら、茅野がおもむろに尋ねた。
「何?」
空腹の猫のように自作の弁当にがっつく桜井。その彼女の弁当は某少年漫画の主人公のキャラ弁だった。
なぜか相田への対抗心が湧いたらしい。
「九尾先生から折り返しの連絡はあったかしら?」
「ないねー」
と、
「既読すらつかない」
「どこで何をやっているのかしら? 早くあの井戸の写真の感想が聞きたいものだけれど」
そう言って茅野は、甘い缶珈琲のリングプルを開けた。
すると、その直後だった。
部室の戸が勢いよく開かれる。
「ちーす。桜井ちゃんに茅野っち」
西木千里であった。
「こんにちわ。西木さん」
「ちーす。西木さん」
「私もここで食べるね。二人に
「お土産?」
茅野が首を傾げる。
すると西木は、手提げバッグの中からサンドウイッチの入ったタッパーと水筒、そして一枚のROMケースをテーブルの上に置いた。
「それは?」
茅野が問うた。
西木はタッパーの中のお手製玉子サンドを摘まみニヤリと笑う。
「例の呪いの映画よ」
「えっ、マジで!」
「どこで、それを……」
桜井と茅野は身を乗り出す。
「いやね。私に呪いの映画の事を教えてくれた先輩の親戚が当時の三年生らしくて。……ただ、これ、コピーらしいんだけど」
どうやら昨日、先輩と一緒にその人の家へと行って借りてきたらしい。
「西木さん、ありがとー」
「本当に感謝するわ」
「いやー。二人には本当に返し切れない恩があるからね」
西木は照れ臭そうにはにかむ。
「……さっそく観たいのだけれど。梨沙さん、そこら辺の棚にディスクドライバーがあったはず。この前、“バーニングムーン”を鑑賞した時から置きっぱなしになっていたはずよ」
「ああ。あの訳の解らない映画ね」
そう言って桜井は立ちあがるとスチールラックに乗せてあった外付けのディスクドライバーを取って茅野に手渡す。
茅野はそれを受け取り、
「梨沙さん。オラフ・イッテンバッハは神よ」
……などと訳の解らない事を言いながら、愛用のタブレットにディスクドライバーを繋いだ。
「ちょっ、今観るの?」
「当然よ」
「いや、今からだと多分、五限目の授業に被るよ? 三十分くらいあるらしいし」
「西木さん……」
と桜井が鹿爪らしく言う。
「学校の勉強より大切な事があるんだよ」
西木は『あっ、この人、授業をサボりたいだけだ』と思ったが突っ込まなかった。
「いや、でも……
「大丈夫よ。西木さん。画面から離れて明るいところで観れば、そうそう起こる物でもないわ」
「えぇ……」
茅野は見易い場所にタブレットを立てて置いた。
こうして唐突な呪いの映画試写会が始まったのだった。
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