【05】土蔵探索


 すっかりと日が落ちるのが早くなった。

 その山沿いの住宅街は、寒々とした薄暗がりの中に沈み込もうとしている。

 そんな中、桜井と茅野は自転車を駆り、橋村家跡の土蔵までの道を行く。

「結局さ……どういう事なのかな?」

 桜井がぽつりと疑問を口にした。

「今のところは、多少の不自然さはあるものの、呪われた映画を観た人が大勢倒れたのは光過敏ひかりかびん性発作せいほっさと集団ヒステリー。騙された白川さんが登校拒否してドロップアウト……今のところは、特に心霊的な解釈が入り込む余地はないわね」

 茅野の言葉に桜井は深々と溜め息を吐いた。

「何かロマンがないねえ……呪われた映画と聞いた時には『おっ、これはいける』とテンションがあがったけどさあ。何かただのいじめっぽいし……あたし、そういうの嫌い」

 可愛らしく頬を膨らませる桜井に、茅野はくすりと微笑む。

「まだ解らないわよ。実際に井戸を見てみましょう」

「そだね。偶然、その井戸が呪われてたなんて事があるかもしれないし。もしかしたら貞子と対決できるかもしれない」

「貴女と貞子の勝負は中々見応えがありそうね」

「あたしの見解では、きっと貞子は寝技が得意だと思うんだ」

 ……などと、呑気な会話を交わしながら二人は橋村家跡に辿り着いた。




 橋村家跡は、その古びた住宅街の端の鬱蒼うっそうと樹木が生い茂る山肌の手前にあった。

 ずっと手入れがされていない柘植つげの生け垣に囲まれた敷地は、荒れ果てていた。

 背高せいたか泡立草あわだちそうすすきなど、おびただしい雑草に覆われており、その中から飛び出した柱や倒壊した瓦屋根が無惨な姿を晒している。

 件の土蔵は敷地の右手にあった。

 壁面や屋根には蔓草つるくさが這っていたが、傷んでいる様子は見られない。

 門の間には黄色と黒のストライプのロープが渡してあり『立ち入り禁止』のプレートがさがっていた。

 桜井と茅野は当然の如く、あっさりとそのロープを潜り抜ける。雑草を掻き分け土蔵に辿り着く。

 まず周囲をぐるりと回ってみると、窓はすべてはめ殺しの鎧戸に閉ざされており、入り口の観音開きは鎖と南京錠で封じられていた。

「……扉本来の鍵は壊れているわね」

 茅野が扉の前で屈み込みながら、鍵穴に懐中電灯を当てた。

「循、行けそう?」

 その桜井の問い掛けに茅野は力強く頷き、スクールバッグからピッキングツールを取り出す。

「見てなさい」

 と言い、ものの数秒だった。

 施錠なんかされてなかったんじゃないか……というくらいあっさりと鍵が外れる。

「ひゅう」と、桜井が口笛を吹いて扉の取っ手に絡まった鎖を外した。

「腕、あげたんじゃない?」

「まあそうね。中間テスト期間中に、ずっと鍵開けの練習をしていたわ」

 茅野は立ちあがり、気取った様子で髪を掻きあげる。

「私は、今回のテスト期間中は、ずっと漫画を読み返していたよ。本棚の右上から順に」

「貴女は勉強をしなさい」

 ……などと、緊張感のない会話を繰り広げながら土蔵の中に入る二人。

 扉を開けた瞬間、長年一ヶ所に溜まり淀んでいた空気が吹き出す。

 茅野が逆手に持った懐中電灯で室内を照らした。

 すると戸口のほぼ正面に例の古井戸があった。

「あれだね?」

「ええ……」

 二人はそっと井戸に近づく。

 井戸は直径一メートル五十センチ程度だろうか。

 木板の蓋がしてあり、その上に漬物石が乗せてある。

「よいしょ……」

 桜井が何ら躊躇する事なく漬物石を足元におろし、木板をまくりあけだ。

 茅野が懐中電灯で中を照らす。

「……五メートルぐらいかしら?」

 中は闇に包まれており、底には地面にはセメントを塗り固めたような灰色が見えた。小石がいくつか転がっている他は真っ平らで何もない。

「枯れ井戸っていうのもおもむきにかけるわね」

「これじゃあ、貞子はきっとこないね」

 桜井が井戸の縁に手をかけながらしょんぼりした顔で言った。

 すると茅野はデジタル一眼カメラを取りだし、井戸の周囲や中を撮影し始める。桜井もスマホで撮影を始めた。

「心霊写真でも撮れていれば、面白いけれど」

「まあ、この井戸自体が呪われているという訳ではないだろうしね」

 一応、二階にも登って見る。

 二階は箪笥たんすや桐箱、葛籠つづらの他にも机や椅子、棚などの古めかしい家具がところ狭しと積まれ、埃を被っていた。

 骨董品として値段がつきそうな物はいくつかあったが、特に変わったところはない。

 一通り撮影を済ませると……。

「取り合えず、帰りましょうか」

「うん」

 二人は土蔵を後にすると、橋村家跡の敷地を出た。

 そして少し離れた場所にある、自転車を停めた児童公園まで徒歩で向かう。

 その途中だった。

 桜井が、ぽん、と手を叩いて、唐突に閃いた思いつきを口にする。

「あ、そうだ。井戸の写真、あのおねーさんに送ってみようよ」

 “あのおねーさん”とは、本物の霊能者、九尾天全の事である。

「あら。それはいいわね。念のためにあの人に見てもらいましょう」

 茅野も賛同する。

 すると桜井が足を止めてスマホを弄り始めた。

「あ、梨沙さん」

「ん? 何」

「文章は何もつけなくてよいわ。写真だけを送って頂戴ちょうだい

「何で?」

「余計な先入観を与えないように、という配慮よ」

 本当は単なる悪戯心だった。しかし、桜井は、

「なるほど。流石、循は気の回し方が違うね」

 と、純粋に感心した様子で言った。

 そして、九尾の元へとメッセージアプリで井戸の写真だけを送る。

 

 ……しかし、どうやら忙しいらしく、中々既読はつかなかった。

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