【04】嘘から出た真


 白川貴理絵は学習机の上に並べた四枚の写真に右手をかざし、静かに目を閉じた。 

「かなり昔に……この井戸で人が死んでいるわね。白いワンピース姿の髪の長い女が見える……」

 その様子を橋村が見守っている。彼女は肩にスクールバッグをかけていた。その口元は緩み、今にも吹き出してしまいそうだった。

 白川は目を瞑っているので、それに気がついていない。

「自殺……事故……だと、思うけど……昔の事でちょっとよく解らない」 

 そこで橋村は緩んだ口元をどうにか正してから、真剣な口調で言う。

「あの、隠していた訳じゃないんだけど、大正時代にひいおばあちゃんの妹がこの井戸で亡くなっているらしいの」

 それを聞いて、白川は大きく目を見開いた。

「どうしたの? 何を驚いているの?」

 その橋村の質問に白川は首を横に振る。

「いいえ。別に」

「それにしても……」

 と、橋村は感動した様子で言う。

「やっぱり、白川さんは本物の霊能者なんだね……」

 すると、白川は照れ臭そうにうつむき、

「白いオーブは安全。危険なのは、赤い色だから。だから、取りあえずは大丈夫だと思うけど」

「そうなんだ。ありがとー」

 胸に手を当てて微笑む橋村。そして……。

「ねえ。もしよかったら、私の家にきて、この井戸を霊視してくれない?」

「だから、大丈夫。危険な霊ではないから」

 そう言って白川は断るも、橋村は食いさがる。

「お願い。念の為。写真じゃ解らない事もあるだろうし。不安なの」

 白川は、しばらく逡巡しゅんじゅんした後に頷いた。




「一応、相田先生に知ってる事は全部話して欲しいって言われているから話すけど ……あまり面白半分に言いふらしちゃ駄目よ?」

 茅野は神妙な表情で「心得ています」と言い、桜井も姿勢を正して「はい」と頷いた。

「白川さん、やっぱり自分が騙されていたのがショックだったみたいで、藤花祭の数日前くらいから学校にこなくなっちゃったらしいの」

 更に古木が言うには、白川は半ばネグレクトに近い扱いを受けていたのだそうだ。必要最低限のお金は与えられていたものの、彼女の両親はどちらもほとんど家に帰る事はなかったのだという。

「……だから、白川さんの登校拒否の原因を学校側は家庭にあるとして、両親も特にこの件を問題にする事はなかったんだって」

「それじゃあ、白川さんは、今は……?」

 その茅野の曖昧な問いに古木は表情を曇らせたまま答える。

「そこまでは、流石に解らないけど」

 と、そこで桜井が「はい!」と元気良く右手をあげた。

「じゃあ、その井戸のある家はどこにあるんですか?」

「ああ。ここからそんなに離れていないわね。ただ、井戸のある土蔵は、まだ健在だけど震災の時に母屋が倒壊とうかいして、今は誰も住んでいないわ」

 その家に住んでいた橋村一家は引っ越したらしい。

「……だから場所を教えてもいいけれど、勝手に入っちゃ駄目よ?」

「ええ。心得ています」

 と茅野は返事をし、桜井も頷く。


 ……当然ながら嘘である。

 その後、桜井と茅野は、礼を述べて古木の家を辞する。

 彼女に教えてもらった橋村家跡へと、今も残る土蔵を見に行く事にした。




 二〇〇三年の某日――。

 十代の少女らしい色彩と香り漂う一室で、三人の女子高校生が飲み物とお菓子を片手にゲラゲラと笑っていた。

 彼女たちの視線の先には、お洒落なラックの上に乗ったテレビがあった。

 そこには、先日デジカメで撮影された映像が映し出されている。


 『かなり昔に……この井戸で人が死んでいるわね。白いワンピース姿の髪の長い女が見える……』

 画面の真ん中では、学習机の上の写真に手をかざした白川貴理絵が目を閉じている。

 『自殺……事故……だと、思うけど……昔の事でちょっとよく解らない』 

 橋村菫の声が聞こえた。

 『あの、隠していた訳じゃないんだけど、大正時代にひいおばあちゃんの妹がこの井戸で亡くなっているらしいの』

 そこで一時停止が押された――


「ほら、見てよ、この時の白川の顔……あっはははは」

 リモコンを右手に下品な笑い声を立てるのは、この部屋の主である橋村菫であった。

 もちろん、あの井戸で人が死んだというのは、彼女が白川の話に合わせて咄嗟にでっちあげた嘘である。

「めっちゃ驚いてるじゃん……ぎゃはははははっ、マジウケるー!」

 ゼンマイ仕掛けの猿の玩具の如く、両手をばんばん叩いて、ゲラゲラと笑うのは、久我山紗理奈くがやまさりな

 そして、画面の中の白川を見くだす笑みを浮かべながら眼鏡のブリッジを持ちあげたのは、遠野寿子とおのひさこである。

「自分が適当に言った事が本当だったから、びっくりしたのね」

 橋村が腹を抱える。

「白いワンピースの女って貞子かよ。嘘吐くにもオリジナリティ出せよ……ぎゃはははは」

 久我山と遠野も、橋村と同じく藤見女子の三年二組に所属している。

 この三人がファニーゲーム製作の撮影班である。

 撮影班は一から六班あり、それぞれが悪戯を企画実行して撮影にあたる。

 他には会場設営班と映像編集班などに別れており、きたる文化祭に向けて準備を進めていた。

「でもさー……」

 と、久我山が他の二人の様子を窺うように言う。

「こんなん、よいのかな? 後で白川に文句言われたりしたら……いじめとかって、親とか先生にチクられたり」

 その背中を平手で叩いたのは橋村だった。

「大丈夫だって。うちのクラス委員……」

桐谷きりたにさん?」

 遠野の言葉に橋村は頷く。桐谷は、この企画の発案者でもある。

「そう。桐谷さんのお父さんって、県の教育委員会の人なんだって。お母さんもPTAの会長で自分の娘の事となると、すげーうっさい人らしいし。だから、もし問題になっても多分、み消してくれるんじゃないかな……うちのクラスの事は」

 そこで遠野は得心した様子で頷く。

「そっか。じゃなかったら他のクラスや先生を巻き込んだ悪戯映像なんて無茶な企画、絶対に通らないわよね」

「そういう事。それにさー、霊能力があるって嘘吐いてんのこいつじゃん」

 と、橋村がテレビ画面の中の白川を指差す。

「もしも、霊能力がないなら、私が話を持ちかけた時に断ればいいのに……自業自得だよ」

「そうだよね! きゃはははは」

 久我山が再び馬鹿みたいに笑い出す。

「……んで、どうする? 種明かしは」

 橋村が悪戯っぽい笑みを浮かべながら二人の顔を見渡す。

「楽しくなってきたわね」

 遠野が底意地悪そうに微笑む。

「種明かししたとき、あいつ、どんな顔するかなー! きゃはははは」

 久我山が、もう一度、馬鹿みたいに笑った。

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