【03】白川貴理絵


 二〇〇三年の十月の中頃。

 それは、放課後の三年一組の教室だった。

 部活へ急ぐ者。

 早々に帰路へ着く者。

 そんな中、窓際の最後尾の席で……。

「あははは……だよね。うん。うん……解る。ありがとう」

 何もない空間に笑顔で話し掛けている髪の長い少女が、白川貴理絵であった。

「うん。解るかも。うん。そうだね……」

 異様な光景であったがクラスメイトたちは慣れたもので、誰も気に止めないし相手にもしない。別れの挨拶をかわし、連れだって教室からはけてゆく。 

 白川はクラスメイトたちの様子をチラチラと窺うが、やはり誰も彼女に関わろうとしない。

 そして誰もいなくなる……。

 白川は、そこでふと我に返った様子で教室を見渡して、肩を落とし溜め息を吐く。

 椅子から腰を浮かせようとした。

 その直前だった。

 教室の前方から一人の女子が姿を見せる。

 三年二組の生徒で、白川は彼女と一度も話した事はなかった。それどころか、顔を何となく覚えているという程度で名前すら知らなかった。

 彼女は真っ直ぐ白川の席に近づいてくる。

 机を挟んで向かいに立ち、椅子に座ったままの白川を少し緊張した様子で見おろす。

 白川が戸惑っていると、彼女は口を開いた。

「ねえ、白川さんって、霊感があるんだよね?」

「貴女は……?」

「あ。私は、二組の橋村。橋村菫はしむらすみれ

 派手に制服を着崩しており、白川とは真逆のタイプである。

「今も誰かと話していたみたいだけど……」

「貴女には関係ないわ……」

 その白川の口調は刺々しい。

 しかし橋村は気を悪くした様子もなく、肩にかけたスクールバッグの中からクリアケースを取り出した。

「実は、白川さんに見てもらいたい物があるの」

 そう言って、クリアケースの中から四枚の写真を取り出し机に置いた。

 白川はその一枚を手に取る。

 そこは、どこかの薄暗い室内だった。

 うっすらと棚や箪笥たんす桐箱きりばこ葛箱つづらのような物が見える。

 そして、乾いた固い土がむき出しになった床の中央に古びた井戸が鎮座していた。

 その周囲に丸くて白い光の球体がたくさん浮かんでいる。

「これは……」

 橋村の顔を見あげる白川。

「これ、うちの土蔵の中にある井戸の写真なんだけど……この白いのって、何なの……?」

 白川はもう一度、写真を見る。

「オーブね。霊からのメッセージよ」

 オーブとは死者のメッセージが写真の中に顕現けんげんしたものだといわれている。

 良くテレビで紹介される心霊写真などでは、お馴染みの現象であった。

「ねえ。それ、本当なの……?」

「ええ。間違いないわ。これは心霊写真」

 白川はきっぱりと、そう断言した。

「やっぱり……どうしよう……」

 橋村が不安げな顔をする。

「最近ね……この井戸の夢ばかり見るの……」

「井戸の夢?」

「井戸の奥から、私の事を呼ぶ声が聞こえてきて……」

「夜、自分の部屋で寝ていたはずなのに、気がつくと井戸の前に立っていた事もあったわ」

 白川は、ゴクリと唾を飲み込んだ。




「呪いの井戸……」

 桜井が柿の種のピーナッツを摘まんだまま呟く。

「そう。その三年二組の仕掛人のひとりが住んでいた家に大きな土蔵があって、中に井戸があるの。そこが呪われてるっていう設定で」

 まず白川に、その井戸で撮影した写真を加工した偽の心霊写真を霊視させる。

 次にその仕掛人の家へと向かい、白川はカメラを引き連れ土蔵の中へと入る。

「……それで、どうなったんですか?」

 茅野の問いに古木は首を横に振る。

「それが、覚えていないの……」

 桜井と茅野はきょとんとした表情で顔を見合わせた。

 古木は眉間にしわを寄せながら話を続ける。

「気がついたら、病院のベッドの上で……お父さん、お母さんが私の事を覗き込んでいて……後で聞いたんだけど、本当は白川さんが井戸の前に立ったところで幽霊に仮装した仕掛人が井戸の中から現れるっていう展開だったらしいんだけど……」

「では、そのシーンで画面が激しく点滅したりといった演出が使われていたという事ですか?」

 茅野の問いに古木は首を捻る。

「覚えてないのよね。その映像を撮った三年二組の人たちも、そういった特別な演出は行っていないって言ってたらしいけど……」

 結局は何故、観客が発作を起こしたのか原因は解らず、警察はこの一件を光過敏性発作と集団ヒステリーという事で片付けたらしい。

「やはり、実際に映像を見てみない事には話にならないわね……」

 茅野が顎に指を当てて考え込む。

 その真剣な様子を見て古木は苦笑する。

「元の映像に関しては事件後に警察の手に渡って、後で処分されたそうよ。……とは言っても、コピーがけっこう出回っていたみたいだし探せば、まだ持ってる人はいるかもね」

「じゃあ、事件後にそのコピーを観て倒れたりした人はいなかったのかな?」

 桜井の疑問に古木は首を傾げた。

「さあ。そういう話は……聞かなかったわね」

 そこで、茅野が思案顔で独り言ちる。

「白川さんは騙されたと知って、どうしたのかしら……」

 すると、暗く表情を歪ませて黙り込む古木。

「どうかしたのですか?」

 茅野が促すと、逡巡しながらも重い口を開く。


「一応、相田先生に知ってる事は全部話して欲しいって言われているから話すけど ……あまり面白半分に言いふらしちゃ駄目よ?」

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