【02】ファニーゲーム


「それにしても、相田センセにあんな趣味があっただなんて……」

「ええ。でも、運が良かったわ。あの同人誌の件がなければ、私でもあの鋼鉄の処女を打ち崩すのは難しかったもの……」

 見事に相田愛依を打ち倒した桜井と茅野は、その日の放課後、藤見市の駅裏の外れに足を運んでいた。

 相田が当時を知る生徒の一人と親交があり、その人物を紹介してもらえる事になったのだ。

 二人は古びた民家が点在する路地を自転車で駆ける。

 そうして、大きな納屋のある家に辿り着いた。

 立派な門構えで、生け垣や庭の木はよく手入れがされている。

 桜井と茅野は、硝子張りの玄関ポーチの横にあったインターフォンを押す。

 すると、ややあって中から、割烹着姿の三十代ぐらいに見える女性が姿を現した。

 彼女の名前は古木唯ふるきゆいだ。相田の話によれば、十六年前は一年生で漫研に所属していたらしい。三年生の時に相田と在校期間が重なっている。

 相田と古木は数年前にあるイベントで偶然にも顔を合わせて以来、よくメッセージのやり取りをするようになったのだとか。

 そして、この古木はファニーゲームを十六年前の藤花祭で観た事があるのだそうだ。つまり例の“藤女子ショック事件”の被害者のひとりという事になる。

 古木は玄関ポーチの硝子扉を開けるとにこやかな笑顔を浮かべる。

「あなたたちが相田先生の言っていた後輩ちゃんたちね? よろしく」

 と、言って、改めて自己紹介をする。

 桜井と茅野も余所行きの態度で名を名乗った。

 招かれるまま、二人は居間へと通される。




 しばらく他愛もない雑談に興じる。

 それによれば、彼女には小学二年の息子がおり、今は友だちの家へと遊びに行っているのだという。

 旦那も当然ながら仕事で、この時間はだいたい家事も一段落して手が空く事が多いらしく、ひまらしい。

「それにしても、オカルト研究会だなんて、私たちの頃は、そんな部活はなかったけれど……」

 古木がきゅうすでほうじ茶を入れる。その表情はどこかいぶかしげだった。

 やはり、知己である相田の紹介とはいえ、“オカルト”という部分で引っ掛かりを覚えているのだろう。

 茅野は、ほうじ茶の入った茶碗を受け取り「ふー、ふー」とやってから言った。

「オカルトといっても、幽霊や宇宙人など……世間一般に流布されているイメージとは違い、我らの部の目的は隠された知識の探究にあります」

「隠された……知識ねえ」

 古木は解ったような解らないような様子で首を傾げた。

「隠された知識……つまりは真実の探究です。日常における様々な物事や疑問を形而上学的けいしじょうがくてきな観点から読み解く……それこそが真のオカルトなのです。……ねえ、部長?」

「お、おう……」

 突然、話を振られた桜井は、びくっ、と背筋を震わせた。

 もちろん、茅野の言葉は適当なでまかせであるのだが……。

「まあ、何か難しい事は解らないけど、真面目な部活だっていう事は解ったわ」

 どうやら、ぼんやりとではあろうが、納得はしてくれたようだ。因みに、こうして何だかよく解らない話をして相手を煙に巻く手管てくだは、茅野循の常套手段じょうとうしゅだんである。

「恐れ入ります」

 茅野は慇懃いんぎんな調子で頭を軽くさげる。

「それで……ファニーゲームの話だよね?」

 と、古木の方から本題を切り出してくれた。

 茅野は「ええ」と頷き、桜井は、お茶請けの柿の種をパクつき始めた。

「相田先生によれば、校内の先生や生徒をターゲットにした悪戯映像集だったとか」

「そうね。椅子に腰をかけたら椅子の脚がふにゃりと曲がったり、購買のおばちゃんがゾンビになってたりとか……ロッカーの中からゼンマイ仕掛けの人形が飛び出したり、どれも他愛のない物ばかりだったわ」

 標的は他クラスの生徒や教師。何と校長先生までターゲットになったらしい。

「それは……本当によく、許されましたね」

 茅野は驚きをあらわにする。

「まあ、今考えると相当頭おかしかったけど、当時の校長や教頭がおおらかな人だったみたい。あと校風も穏やかでのんびりしていたし……本当のところの理由は解らないけど」

「のんびりしているのは今もかな? テスト前でもあんまりピリピリしてないよね。うちの学校」

 と、桜井。

 それは貴女だけよ……と、茅野は思ったが、あえて突っ込まなかった。

「それで、問題はラストシーンにあったと聞いていますが」

 古木は頷く。

「悪戯映像は確か……全部で六編あって、その最後のやつなんだけど、それがちょっと他の五編とは毛色が違ってて……」

「と、言うと?」

 茅野が促すと古木は当時を思い出そうとしているのか、思案顔でうつむく。

 しばし、桜井のほうじ茶をすする音だけが居間に鳴り響いた。

 そして……。

「当時の三年生に霊感があるっていう子がいて……名前は白川しらかわ……貴理絵きりえだったかな?」

「霊感……本物だったの?」

 桜井の問いに古木は首を横に振る。

「もちろん自称よ。ただ、授業中や全校集会で突然奇声をあげて騒いだり、誰もいない空間に向かって話かけたり……かなり有名人だったわ。あと怪我をしていた訳でもないのに右眼を何時も眼帯で覆っていたわね」

「邪気眼……」

 桜井がその言葉を漏らすと古木は苦笑する。

「まあそうね。邪気眼……中二病……当時はまだ確か、そんな言葉はなかったけどね。……で、最後の六編目の悪戯は、その子にドッキリを仕掛けるというものだったの」

 茅野が神妙な顔で話の続きを促した。

「ドッキリ?」


「彼女に偽の心霊スポットを霊視させたの」

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