【03】ナンパ


 土曜日の早朝だった。

 有坂克哉はスポーツタイプの125CCに跨がり、駅前近くのコンビニへと向かった。

 豊口圭吾と待ち合わせする為だ。

 コンビニの駐車場に着くと既に豊口は追突防止柵に腰をおろして、唐揚げ棒を片手にホット珈琲をすすっていた。

 有坂はバイクを停めて、彼の元へ向かう。因みに豊口のバイクはオフロードタイプで、排気量は同じく125である。

 51CCから125CCのバイクは原付二種というカテゴリに属するが、50CC未満の原付一種よりも法的な制限が少なく維持費も安い。

 ゆえに彼らのような地方在住の高校生にとっては、250CC以上の中型バイクや車を手に入れるまでの繋ぎとしてだけではなく、手軽な移動手段としても重宝されている。

「よう。早いな」

 有坂が右手を軽くあげる。すると豊口は、そっけなく言った。

「ああ。遠足前は眠れなくなるタチだからね」

 明らかに、面倒臭い仕事を押しつけてきた部長への皮肉だった。有坂は苦笑する。

「まあ、とっとと、面倒臭い事は終わらせて、猿川の辺りでツーリングと洒落込しゃれこもうぜ」

「でも紅葉狩りにはちと早いね。……それはそうと、飯は? 僕はまだだけど」

「美味いラーメン屋がオープンしたらしい。そこで食おう」

「いいね」

「飲み物買ってくる」

「了解」

 豊口はひらひらと手を振って、コンビニの軒を潜り抜ける有坂を見送った。




 それから二人はバイクを軽快に走らせると、藤見市黒谷方面へと向かった。山沿いの国道をしばらく走るとラーメン屋が見えてくる。

 不必要に思えるほど大きな看板には“辛味噌じゅうべえ”とあった。

 二人はその駐車場へと乗り入れる。

 空の駐車場にバイクを停めて店内へと入る。

 心地よい「いらっしゃーい」の声が響き渡った。

「何にしようかな……」

 食券の券売機をためつすがめつしながら腕を組んで唸る有坂。

 豊口は早々に……。

「僕は、辛味噌ラーメンと餃子だな」

 さっさと注文を決める。

「お前、凄い食欲だな。朝から……唐揚げ棒も食っていたよな?」

「ジジ臭い事を言ってないで、早く決めて」

「はいはい」

 有坂は肩をすくめて、豊口と同じく辛味噌ラーメンを注文した。




 それから二人は座敷の隅の席に腰を落ち着けて少し遅めの朝食を取る。

 昼前のためか店内は閑散としており、客はあまりいない。

 そして二人がバイク談義に花を咲かせながら、ラーメンを食べ終わった頃だった。

「おい」

 急に豊口が声をひそめる。

「何だよ?」

 有坂は怪訝そうに聞き返す。すると、豊口が顎をしゃくり、有坂の肩越しに彼の背後へ視線を送った。

「あの窓際の席の二人……」

 有坂が腰を捻って後ろを向くと少し離れた窓際の席に二人組の女がいた。

 歳は若く、どちらも自分たちと同い年くらいの年齢であるように、有坂には思えた。

 二人ともかなり可愛く、特にポニーテールの方は有坂の好みだった。

 あまり不躾に見続けても失礼なので目線を戻す。

 すると豊口がニヤニヤと笑いながら再び声をひそめて言った。

「あの二人、よくね? あのポニーテールの方、克哉の好みでしょ」

「もうひとりの髪の長い方も胸がでかいな。E?」

「ああ……あの身体、ぜったいスケベだぜ?」

 豊口がゲスな顔で頷く。

「もうさ、ロケハンなんかどうでもいいから、あの二人、ナンパしてどっか遊びに行かない?」

「それは、何とも魅力的だがな……」

 ……などと、有坂は腕組して豊口の提案を熟慮し始める。

「あっ。やべ……」

 突然、豊口が首を引っ込めて、気まずそうに笑った。

「どうした?」

「たぶん、見てたの気がつかれた」

「バカ。ジロジロ見すぎだ」

 と、有坂が批難すると、豊口はおもむろに立ちあがる。

「もう、こうなったら当たって砕けるしかない」

 そう言って豊口は二人の女子の方へと近付いてゆく。

「ちょっ……待てって」

 有坂も仕方なしに立ちあがり、豊口の後を追う。

 しかし、有坂が止める間もなく豊口は気軽な調子で右手をあげて微笑む。

「やあ。こんにちわ。君たち、ひま?」

 すると長い黒髪の女は魅惑的な微笑みを浮かべた。




 二人の女子は、気さくな態度で彼らを歓迎してくれた。

 豊口と有坂は、お冷やのグラスを持って彼女たちのテーブルに移動した。

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