【04】タンデムデート


「……ええ。循ちゃんとリサちゃんは、彼氏いないの? こんなに可愛いのに、嘘でしょ?」

 豊口はもう馴れ馴れしく二人の事をちゃん付けで呼んでいる。

「全然、出会いがなくって」

「可愛いって部分は否定しないんだ?」

 豊口が悪戯っぽく聞くと、

「別にそういう事じゃないんだけど。……意地悪言わないで頂戴」

 髪の長い方が照れ臭そうに笑う。

 するとポニーテールの方が身を乗り出して話に加わってくる。

「でもさ、でもさ……この前、他校の男子に待ち伏せされたよね……」

 二人ともノリがいい。

 しかし……と、有坂はいぶかしく思う。

 何かがおかしい。

 そんな彼の思いとは裏腹に会話は盛りあがりをみせる。

「その男子の目当てはどっちだったの? リサちゃん? 循ちゃん?」

「あたしの方」

「へえ。リサちゃんの……」

「ソッコー振ってやったけどね! 何かキモいオタクって感じのやつでぇー」

「リサちゃんそういうのにモテそう。オタク好きする外見っていうか」

「ちょっと、それってどういう意味!?」

「でも、解るかもしれないわ。そういえば中学生の卒業式の時も……」

「それ今言うの?」

 そんな三人のやり取りを遠巻きにでも眺めるようにぼんやりと聞きながら、有坂は気がつく。


 ……どうも、この二人の女子、どっちも無理やり、豊口に話を合わせているような気がする。


 相手に媚びてご機嫌を窺い、自分を可愛く見せようとする女の顔。

 きっと、今見せている彼女たちの表情は本性ではない。

 有坂の頭の中に警鐘けいしょうが鳴る。

 しかし豊口はグイグイと攻める。

「それで、循ちゃんとリサちゃんは、この後どうするの? 特に予定が決まってないなら、僕らと遊ばない?」

 困り顔で視線を合わせる二人。

「何? 予定があるなら遠慮しないで言って」

 豊口が促すと……。

「あたしら、ちょっと、これから行きたいところあって」

「どこどこ?」

「旧猿川村トンネル」

 その言葉を耳にした途端、今度は有坂と豊口が顔を見合わせる。

「えええっ。ちょっと待ってよ……」

「凄い偶然だな……俺たちも、これから旧猿川村トンネルに行くところ」

 その有坂の言葉を聞いた女子二人が目を向いて、驚きの声をあげる。

「嘘でしょ!」

「本当に? 私たちに話を合わせている訳じゃなくて?」

「マジマジ。実はさ、僕ら高校の映画部で……」

 と、豊口が事情を話す。

 すると、二人の反応は……。

「映画部? すごーい」

「わざわざ、ロケハンするだなんて、本格的なのね」

 と、中々の好感触だった。

「リサちゃんと循ちゃんは何で、あんなところに? 肝試し?」

 二人が頷く。

 ここでも有坂は違和感を覚えた。女子高生があんな場所に肝試しなど……。

 有坂の認識では、女子はすべからくオカルト好きだ。

 しかし、それは、どちらかというと恋のおまじないとか占いとか、そういう方向のはずだ。

 幽霊トンネルに二人で出かける女子など、いまいちピンとこない。

 訝しげに眉をひそめる有坂。

 しかし、能天気な豊口の方はここで勝負を決める事にしたようだ。

「ねえ。二人は、足は何?」

「私たちは自転車なんです」

「自転車! ここから、まだけっこうな距離あるじゃん」

 と、豊口は目を向いて驚く。そして有坂へと目配せをしてきた。

 彼の意図を悟った有坂は、仕方なしに言葉を繋ぐ。

「よかったら、俺たちの後ろに乗っていかないか? 俺らバイクなんだけど」

 二人は顔を見合わせる。

 豊口は、ごくりと唾を飲み込んだ。

「どうする……?」

「ここは、甘えてもいいんじゃないかしら?」

 豊口が、ぽん、と手を叩き合わせた。そして明るい声で強引に話をまとめる。

「それじゃあ、決まりー! あ、そうだ。二人とも連絡先を教えてよ。メアド交換しよう」

「うん、いいよー」

「ちょっと待ってください」

 そう言って二人は携帯を出した。




 女子二人がトイレに行ってる間の事だった。

 豊口がゲスな笑顔をする。

「僕は循ちゃんの方にいくから、お前はリサちゃんね」

「異論はないが……」

 と、歯切れの悪い有坂。

「何? もしかして、お前も循ちゃん狙い?」

「いや、ちがう……何か話が上手く行きすぎじゃねーかなって」

「は? 彼女たちと一緒に旧猿川村トンネル行ったら壺でも買わされるって? ないない」

 豊口が右手をパタパタと扇ぐ。

「……でも、おかしいだろ。あんな山奥までJKがチャリで肝試しだなんて」

「バカか。何疑ってんのか知らないけど、あんなおっぱい、逃す手はないだろ。連絡先は交換したけどこれからぐっと親密度をあげるんだよ!」

 どうやら豊口は完全に循という女子の胸部に魅了されてしまっているらしい。有坂は性欲の権化となった友の態度に苦笑するしかなかった。

「お前も好きだろー? リサちゃんみたいな子。いい子だよきっと」

「まだ会って一時間も経ってねーじゃねえか。いい子かどうかなんか解るか」

「ばっかだな。本当にお前は。おっぱいと可愛いは正義。……あー、早くタンデムで、背中にあのおっぱいの感触を味わいてー」

 と、豊口の発情具合が酷くなってきたところで、女子二人がトイレから帰還する。

「おまたせー。そろそろ店出ない?」

「オッケー。じゃあ循ちゃんは、僕の後ろね」

 豊口がそう言って荷物を持って立ちあがる。

「よろしくお願いね。豊口くん」

「圭吾で良いよー。よそよそしいなあ……」

 ……などと、座敷を降りて靴を履いて店の玄関へ向かう。

 残った男女二人の目線が不意に重なった。

「よろしく。克也くんって、呼んでもいい?」

「ああ、うん。その、り……さ……」

 と、名前で呼ぶべきかどうしようか迷って思わず口ごもると、

「リサでいいって。行こ?」

 そう言われて有坂は腕を引かれた。

 豊口たちの後を追って、店を後にする。




 ……そして、彼らが店から出ていった後だった。

 有坂たちのいたテーブルを店員が片付けようとした。二つのお冷やのグラスをお盆に乗せて、ダスターでテーブルをふく。

 すると近くの席で競馬新聞を読んでいたトラックの運転手が目線をあげて、その店員に一言。

「何だったんだ? あのガキども。頭イカれてんのか?」

 店員は苦笑して、

「さあ……」

 と、答えた。

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