【04】藤女子オカ研VS現象X


「“引出しの解放を阻害せし現象X”の力は検証の結果、さして強力でない事はわかったけれど念の為よ。向こうの力が及ばない書斎の外で作戦会議をしましょう」

「りょーかーい」

 二人は書斎の扉を開けっぱなしにしたまま、いったん部屋の外へ出る事にした。

 扉口の前で茅野はタブレットを取り出し、画面に指を走らせる。

「まずは、この部屋の主について調べてみましょう。確か、玄関の表札には……」

「しぐま! 漢字は、志熊しぐま志熊しぐまくま!」

「何の説明にもなっていないわ、梨沙さん。……この“志熊”よね?」

 茅野がタブレットの画を見せると桜井は「うん、それ」と頷く。

 “志熊”の他にもいくつかの検索ワードを打ち込んだ。

 そして……。

「出たわね……」

 それはニュースサイトの地方版の記事だった。

 八年前、この異次元屋敷の近くで起こったき逃げ事件の記事だった。

 被害者の名前は志熊弘毅しぐまこうき。年齢は四十七歳。職業、高校教師。

 ゲリラ豪雨の最中、トラックに轢かれて死亡したらしい。

「犯人はもう捕まっているわね……」

「日本の警察は優秀だね」

 茅野が顎に指を当て、扉口の向こうに見える書斎机の方に目線を向ける。

「……という事は、エロ本かしら……?」

「は!?」

 桜井が目を丸くする。すると茅野はあくまでも鹿爪らしい表情で己の見解を述べる。

「志熊弘毅は不慮ふりょの事故で死んだ。そして、彼が心残りだったのは、書斎机の下段の引出しに隠されていたエロ本だった。『あれを人に見られる訳にはいかない』という志熊弘毅の怨念が、この一連の現象を引き起こしているのよ。きっと、誰もがどん引きする余程マニアックな性癖の持ち主だったに違いないわ」

「今、凄く楽しそうな顔してるよ、循」

「そうかしら?」

「……だが、その推理には穴がある」

 きりっ、とした表情で桜井は机の上のディスクトップパソコンを、びしっと指差す。

「今時、エロ本を引出しに隠してる人なんていないよ。ほら、あのパソコン、いくら型が古いっていっても、ネットからえっちなの集めるぐらいならできるでしょ。わざわざエロ本を所持する理由がない」

 すると茅野は「ちっちっちっ……」と舌を鳴らして右手の人差し指を横に振る。

「甘いわね。恐らく彼が所蔵しているのは、エロ同人よ。きっと即売会の戦利品なのでしょうね」

「エロ……どう……じん」

 桜井が、ぽんと両手を叩き合わせる。

「ああ。同人って、循がベッドの下の段ボールに隠してるBLの本みたいな薄いやつだよね?」

「あ……貴女、なぜ、それを……」

「浮気の決定的な証拠を突きつけられた亭主みたいな顔しているよ」

 その桜井の指摘を「うおほん」と咳払ひとつで誤魔化す茅野。

「冗談はさておき……」

「冗談だったの?」

「冗談よ! 当たり前よ!」

「ふうん……でもさ」

「でも?」

「あの引出しの中身が何であれ、どうやって開けるのあれ? 開けようとした瞬間に意識を乗っ取られるだなんて、なかなか無敵だよ」

 茅野が思案顔で下段の机の引出しをじっと見つめる。




 ……それから、二人は更に何回か引出しを開けようとしてみるが……。

「駄目だね。引出しに手をかけようとした段階で、あの現象が発現してしまうよ」

 桜井が右手の甲で額に汗をぬぐった。開け放たれた扉口の外から書斎机を睨みつける。

 因みにひとつ上の段の引出しを開けて外してみたが駄目だった。引き出しの下には板が張ってあり、下段の引出しの中を見ることはできなかった。

「引出しの取っ手にペンとかを引っかけて、手を使わないで開けようとしても駄目ね……兎に角『引出しの中を見ようとする行為』はすべて駄目。逆に『引出しの中を見ようとする行為以外』は何をやっても現象は起こらない……」

「うーん。今回の心霊スポットはチョロいと思ってたけど、なかなかの強敵だね。こりゃ……」

 桜井がげんなりと肩を落とした。

「梨沙さん、まだ諦める時間じゃないわ」

「諦めてないよ! 諦めたら、そこで試合は終了だもん!」

 茅野の言葉に桜井が顔をあげる。

「流石よ、梨沙さん。いいガッツだわ」

「でも、どうする? もう扉口の外からブロックとか岩でも投げまくって、机をぶっ壊すしか、思いつかないよ……」

 と、かなり真面目な顔でとんでもない事を言い始める桜井。

 しかし、茅野は……。

「梨沙さん、それよ!」

「は? え? マジ……?」

 目を丸くする桜井に向かって、不敵な笑みを浮かべる茅野。

「次で絶対に引出しを開ける」




 二人はいったん異次元屋敷の外に出ると、近くのコンビニへと行って荷造り用のビニールロープとガムテープを購入した。

 再び異次元屋敷の書斎の入り口前に戻る。

「……で、どうするの?」

「まずはビニールロープを……そうね。余裕を見て八メートル程度あれば良いかしら?」

 そう言って茅野はビニールロープを伸ばし、あらかじめ持っていたカッターナイフで切断する。

「……これを下段の引出しにガムテープで張りつけ、部屋の外から引けばいいのよ。テープでロープを引出しに張りつけるだけだから、引出しを開けるという事にはならない!」

「流石、循! あったまいい!」

 桜井の称賛の言葉を聞きながら、茅野は鼻を高くする。

「それじゃあ、行くわよ?」

「うん」

 茅野がロープの先にガムテープをつける。

 再び部屋の中へと入り、書斎机に近づく。

 そしてロープの先を下段の引出しに張りつけようと、屈んだ瞬間だった。

 茅野の右手に握られていたロープがするりと床に滑り落ちる。

「循……?」

 桜井が不安げに名前を呼ぶが返事はない。

 茅野は立ちあがりくるりと振り向くと、ぼんやりとした表情で部屋の中から戻ってくる。

「ああ……ロープを張りつけるだけでも『引出しを開けようとした』事にされちゃうのか……」

 そして、部屋の外へ出た瞬間……。

「あれ……? 私……」

「お帰り。循」

「駄目だったのね」

 渋い表情の茅野。

「まったく、どうすれば、いいのかなあ……」

 桜井は頭を抱えた。

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