【04】藤女子オカ研VS現象X
「“引出しの解放を阻害せし現象X”の力は検証の結果、さして強力でない事はわかったけれど念の為よ。向こうの力が及ばない書斎の外で作戦会議をしましょう」
「りょーかーい」
二人は書斎の扉を開けっぱなしにしたまま、いったん部屋の外へ出る事にした。
扉口の前で茅野はタブレットを取り出し、画面に指を走らせる。
「まずは、この部屋の主について調べてみましょう。確か、玄関の表札には……」
「しぐま! 漢字は、
「何の説明にもなっていないわ、梨沙さん。……この“志熊”よね?」
茅野がタブレットの画を見せると桜井は「うん、それ」と頷く。
“志熊”の他にもいくつかの検索ワードを打ち込んだ。
そして……。
「出たわね……」
それはニュースサイトの地方版の記事だった。
八年前、この異次元屋敷の近くで起こった
被害者の名前は
ゲリラ豪雨の最中、トラックに轢かれて死亡したらしい。
「犯人はもう捕まっているわね……」
「日本の警察は優秀だね」
茅野が顎に指を当て、扉口の向こうに見える書斎机の方に目線を向ける。
「……という事は、エロ本かしら……?」
「は!?」
桜井が目を丸くする。すると茅野はあくまでも鹿爪らしい表情で己の見解を述べる。
「志熊弘毅は
「今、凄く楽しそうな顔してるよ、循」
「そうかしら?」
「……だが、その推理には穴がある」
きりっ、とした表情で桜井は机の上のディスクトップパソコンを、びしっと指差す。
「今時、エロ本を引出しに隠してる人なんていないよ。ほら、あのパソコン、いくら型が古いっていっても、ネットからえっちなの集めるぐらいならできるでしょ。わざわざエロ本を所持する理由がない」
すると茅野は「ちっちっちっ……」と舌を鳴らして右手の人差し指を横に振る。
「甘いわね。恐らく彼が所蔵しているのは、エロ同人よ。きっと即売会の戦利品なのでしょうね」
「エロ……どう……じん」
桜井が、ぽんと両手を叩き合わせる。
「ああ。同人って、循がベッドの下の段ボールに隠してるBLの本みたいな薄いやつだよね?」
「あ……貴女、なぜ、それを……」
「浮気の決定的な証拠を突きつけられた亭主みたいな顔しているよ」
その桜井の指摘を「うおほん」と咳払ひとつで誤魔化す茅野。
「冗談はさておき……」
「冗談だったの?」
「冗談よ! 当たり前よ!」
「ふうん……でもさ」
「でも?」
「あの引出しの中身が何であれ、どうやって開けるのあれ? 開けようとした瞬間に意識を乗っ取られるだなんて、なかなか無敵だよ」
茅野が思案顔で下段の机の引出しをじっと見つめる。
……それから、二人は更に何回か引出しを開けようとしてみるが……。
「駄目だね。引出しに手をかけようとした段階で、あの現象が発現してしまうよ」
桜井が右手の甲で額に汗をぬぐった。開け放たれた扉口の外から書斎机を睨みつける。
因みにひとつ上の段の引出しを開けて外してみたが駄目だった。引き出しの下には板が張ってあり、下段の引出しの中を見ることはできなかった。
「引出しの取っ手にペンとかを引っかけて、手を使わないで開けようとしても駄目ね……兎に角『引出しの中を見ようとする行為』はすべて駄目。逆に『引出しの中を見ようとする行為以外』は何をやっても現象は起こらない……」
「うーん。今回の心霊スポットはチョロいと思ってたけど、なかなかの強敵だね。こりゃ……」
桜井がげんなりと肩を落とした。
「梨沙さん、まだ諦める時間じゃないわ」
「諦めてないよ! 諦めたら、そこで試合は終了だもん!」
茅野の言葉に桜井が顔をあげる。
「流石よ、梨沙さん。いいガッツだわ」
「でも、どうする? もう扉口の外からブロックとか岩でも投げまくって、机をぶっ壊すしか、思いつかないよ……」
と、かなり真面目な顔でとんでもない事を言い始める桜井。
しかし、茅野は……。
「梨沙さん、それよ!」
「は? え? マジ……?」
目を丸くする桜井に向かって、不敵な笑みを浮かべる茅野。
「次で絶対に引出しを開ける」
二人はいったん異次元屋敷の外に出ると、近くのコンビニへと行って荷造り用のビニールロープとガムテープを購入した。
再び異次元屋敷の書斎の入り口前に戻る。
「……で、どうするの?」
「まずはビニールロープを……そうね。余裕を見て八メートル程度あれば良いかしら?」
そう言って茅野はビニールロープを伸ばし、あらかじめ持っていたカッターナイフで切断する。
「……これを下段の引出しにガムテープで張りつけ、部屋の外から引けばいいのよ。テープでロープを引出しに張りつけるだけだから、引出しを開けるという事にはならない!」
「流石、循! あったまいい!」
桜井の称賛の言葉を聞きながら、茅野は鼻を高くする。
「それじゃあ、行くわよ?」
「うん」
茅野がロープの先にガムテープをつける。
再び部屋の中へと入り、書斎机に近づく。
そしてロープの先を下段の引出しに張りつけようと、屈んだ瞬間だった。
茅野の右手に握られていたロープがするりと床に滑り落ちる。
「循……?」
桜井が不安げに名前を呼ぶが返事はない。
茅野は立ちあがりくるりと振り向くと、ぼんやりとした表情で部屋の中から戻ってくる。
「ああ……ロープを張りつけるだけでも『引出しを開けようとした』事にされちゃうのか……」
そして、部屋の外へ出た瞬間……。
「あれ……? 私……」
「お帰り。循」
「駄目だったのね」
渋い表情の茅野。
「まったく、どうすれば、いいのかなあ……」
桜井は頭を抱えた。
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