【03】怪現象の正体
「なんじゃこりゃああああ!」
桜井の声が響き渡る。
茅野も厳しい表情でタブレットを眺めていた。
アスポーツ現象が起こった瞬間を撮影したと思われていたカメラの映像は、二人の予想を大きく裏切る物だった。
「もう一度、見てみましょうか」
茅野は動画をアスポーツ現象が起こった直前まで巻き戻す。
サブモニターの中で茅野が桜井にプリントを手渡した。
『机の引き出しの中はまだ見てないわよね?』
『うん。そだね。これから』
と、桜井が答え、クリアファイルにプリントをしまった。
そして、
そして、茅野が机のいちばん下段の引出しを開けようと屈む。
『下から開けるの?』と桜井。
『上段から引出しを開けるのは素人よ』
『何の素人かは聞かないでおくよ……』
桜井のその言葉の直後だった。突然、下段の引き出しに手をかけていた茅野が立ちあがり、書斎の入り口にある
桜井はその事について特に何も反応せずに、ぼんやりと突っ立ったままだ。
そして、循の脚が、がつんと三脚にぶつかり、レンズの向きがずれる。
『は……!?』
桜井の声が響き渡る。
『はああああ!? ……循……?』
「……と、まあ、こういう事だけれど」
と、言って茅野は動画の再生を停止した。
「ま、まさか……何も起こってなかっただなんて」
桜井は
動画を見る限り、何も不思議な事は起こっていなかった。
桜井がクリアファイルを元の位置に戻し、茅野が自ら部屋の外に出た。
「本当に時間が飛んでいる……?」
興奮覚めやらぬ桜井とは対照的に、茅野はなぜかニマニマと笑っていた。
「どうしたの?」と桜井が尋ねると、茅野が答える。
「いや。何事にも動じない貴女が、こんなに取り乱すなんて、珍しい事もあったものだって……。この動画は永久保存版ね」
桜井は頬を膨らまし、
「もう……そういう意地悪はいいからさあ、これってどういう事だと思う?」
「可愛かったわよ。梨沙さん」
「だから、そういうのいいから!」
と、照れ隠しに茅野の肩を軽くひっぱたく桜井。
“軽く”といっても通常の女子よりずっと強い打撃に茅野はよろける。
もうこれ以上、桜井をからかうのは得策ではないと判断し話を戻す。
「……とっ、取り合えず、もう一度、同じ事が起こるのか検証してみましょう」
そして、二人はついさっきと一言一句、違わない行動を繰り返した。
それから何度か検証を繰り返した結果……。
「あの下段の引出しを開けて欲しくないのかしら?」
茅野がサブモニターを眺めながら眉をひそめる。
何度か検証を重ねた結果、どうも下段の引出しを開けようとする行為が、例の現象の引き金になっているらしいという疑念を抱く二人。
更に、時間が飛んだりしている訳ではなく、単純に下段の引出しを開けようと屈んだ少し前から、茅野が退室するまでの記憶が飛んでいるらしい事も判明する。
「……となると、これは自然現象などではなく誰かの意思が
「この書斎の持ち主の霊の仕業かな?」
桜井の言葉に茅野は頷く。
「そうだとは思うけれど……」
「どうする? あのおねーさんに聞いてみる?」
“あのおねーさん”とは、親交のある霊能者の九尾天全である。先日の楝蛇塚の一件で彼女が有能な霊能者である事を知った二人だった。
しかし、茅野は首を横に振る。
「今のところ、差し迫った危険もないし、もう少し、この謎解きを楽しんでみましょう」
「そうこなくっちゃね……でも、あたしには何が何やらさっぱりだよ。循は何か解った事はある?」
桜井はお手あげといった様子で肩をすくめた。
「いくつかね」
「例えば?」
「まず、この現象を引き起こし下段の引出しを開けるのを妨害している現象をXと仮定すると……」
「X……お腹減った」
お腹をさする桜井。どうやら彼女が好きな豚肉のブランドであるトウキョウXを連想してしまったらしい。
どうやら、図らずとも飯テロとなったようだ。茅野は、くすりと笑って話を続ける。
「Xが及ぼす影響は三つ」
そう言って茅野は指を三本立てる。
「まずはa、引出しを開けようとした者を部屋の外へ向かわせる意識操作。 そしてb、記憶の消去」
そう言って茅野は順番に指を折り畳む。
「……最後のcは、引出しを開けようとした者が退室するまでの間、他の者の意識を奪う事……これは、私が突然、引出しを開けるのを止めて退室しようとしているにも関わらず、梨沙さんが無反応である事から明らかよ」
「成る程……確かに、動画を見ても、循が出るまでの間のあたし、ぼーっとしてるね」
貴女はいつもぼーっとしてるけれど……とは、言わないでおいた。茅野は話を続ける。
「aは単純に引出しを開けようとした侵入者を部屋から追い出して妨害する。bとcは恐らく引出しから侵入者たちの意識を逸らす為だと思うわ。更にaの意識操作はひとりだけにしか効果を及ぼさないんじゃないかしら?」
「確かに侵入者全員に意識操作を行って、部屋の外に出しちゃえばいいんだし」
「そうね。そして検証結果とその他諸々の事実を考慮するに、Xには物理的な現象を起こす力はないと思われる。人や物の移動はすべて本人による物だし、引き出しを開けようする行為に対しての物理的な妨害はいっさい見られない」
「確かにそうだね」
「……で、もうひとつ重要なのがXの力は、この部屋の中でのみ限定である可能性が高いという事」
「それは、なぜ?」
「これを見て」と茅野が扉の壊れたノブを指差す。
「もしも、Xの力が部屋の外にまで効果を及ぼすならば、そもそも扉の鍵を壊されるような事にはなっていないと思うの。不法侵入者が部屋に入る前に意識操作や記憶の消去を行えばいいのだから」
「ああ。そっか……冷静に考えると割りとショボいね。現象X」
桜井がにべもなく言った。
そこで茅野は悪魔の笑みを浮かべ、書斎机の引出しを見つめる。
「以上の事を踏まえて、あの引出しを絶対に開けてやりましょう」
「よし。えいえいおー!」
桜井が右腕を振りあげた。
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