【05】鍵


「さてと、どうしよう……」

「どうしたものかしらね……」

 再び扉口の向こうから書斎机を睨めつける桜井と茅野。

「もし、これが映画かアニメになったら、超地味な回だろうね」

「ならないから安心なさい」

「そかなー?」

「今は観察よ。観察こそが万物の謎を解き明かす第一歩よ」

 茅野はスクールバッグからペンライトを取り出し室内に戻る。

 入念に机の回りを観察し始めた。

 桜井も後に続く。

 そして茅野がキャスターつきの回転椅子をどかして屈んだ瞬間だった。

「は?」

 茅野は目をぱちくりとさせて戸惑う。

 なぜならそこは部屋の外だったからだ。

 扉口の方を振り向いて室内を覗くと、桜井が唖然あぜんとした表情で書斎机の隣に立っていた。

 なお、退かしたはずの椅子は元の位置に戻っている。

「今、梨沙さん、下段の引出しを開けようとした?」

 桜井はぶんぶんと首を横に振る。

 茅野は顎に指を当てながら思案顔を浮かべた。

「引出しを開けようとしていないのに現象が発現した……もしかして、発現の条件は引出しを開けようとする事ではない……?」

「取り合えず、カメラの映像を見てみようよ」

 桜井も部屋の外に出る。

「それもそうね」

 茅野は再びサブモニターで映像を再生した――




 サブモニターの中で茅野が回転椅子を退かす。

 そして、しゃがみ込んで机の下をペンライトで照らそうとした瞬間だった。

 茅野が立ちあがり、それを机の傍らに立って見ていた桜井の表情もぼんやりとしだす。

 茅野が椅子を戻し、くるりと向きを変え書斎の入り口まで歩いてくる。

 『は?』

 茅野の声。


 茅野は動画を停止した。

「……どゆこと?」

 桜井が首を傾げる。すると茅野は少しだけ思案した後にその端正な唇を動かした。

「……だいたい、解ったわ」

 そういうと、茅野は桜井に向かって言った。

「梨沙さん。お願い。あの机の回転椅子を退かしてきて」

「うん。いいけど……」

 桜井が言われた通りに回転椅子を退かす。

 ……何も起こらない。

「梨沙さん、いったん部屋の外に出て」

「うん」

 怪訝な表情をしながらも、素直に茅野の言う事に従う桜井。

 そして桜井が部屋の外に出ると、茅野は扉口の外でしゃがみ、ペンライトで書斎机の下を照らした。

 すると机の下の奥に足を乗せるステップが渡してあり、そのステップと床との間にわずかな隙間があった。

 そこにペンライトの光を反射して鈍く光る小さな何かが見えた。

「思った通りだわ」

 茅野は立ちあがる。

「私とした事が、どうやら勘違いをしていたようね」

「何を?」

 何が何やらさっぱりといった様子の桜井。

「……現象Xの発動条件は下段の引出し・・・・・・を開ける事・・・・・ではなかった・・・・・・という事よ」

「そうなの?」

「ええ。机のそばで・・・・・視線を下げる・・・・・・……恐らくこれが現象Xの発動条件。きっと、下段の引出しを開けられたくなかったんじゃなくて、机の下のステップと床の間に落ちたある物に気がつかれたくなかったから。……もしくは、そこに意識を向けられたくなかったから」

「ああ。あの足元の板の下か……で、何が落ちてるの?」

 桜井の質問に茅野は答える。

「何かの小さな金属片だったわ」




 それから茅野は、部屋の外からカメラのズーム機能を使ってどうにか書斎机のステップの下にある金属片が何なのか探ろうとする。

「うーん。何かの鍵ね。多分……」

「鍵?」

 茅野は頷く。

「それも、それほど精巧せいこうな物ではない。多分だけど、あの納戸の鍵じゃないかしら?」 

「どうしてそう思うの?」

「ずっと引っかかっていたの。書斎の入り口の扉の鍵は壊されているのに、なぜ納戸の扉の鍵は無事だったのか。玄関の鍵も確か壊されていたわね?」

「ああ……」

 と、桜井が両手を打ち合わせる。

 どうやら彼女も茅野が抱いた違和感に気がついたらしい。

「きっと、あの納戸の鍵を強引に破壊しようとしても、現象Xは発現してしまうのではないかしら? それによって、納戸の鍵を破壊する事ができなかった」

「確かめてみよう……」

 桜井が部屋の中に入り、回転椅子を持ちあげた。それで納戸の扉を殴ろうとした。

 すると桜井は回転椅子を元の場所に戻し、ぼんやりとした表情で帰ってくる。

 そして部屋の外に出ると……。

「は!?」

 桜井が正気に返る。

「お帰り。梨沙さん」

「これは間違いないね」

 二人は顔を見合わせて頷き合う。

「例の現象が始まって、すっかりそっちに気を取られていたけれど、まず真っ先に調べなければならないのは、納戸の扉の方だったのよ 」

「……でも、問題はどうやって、あの鍵を拾って納戸の扉を開けるかだよ」

 桜井は両腕を組み合わせ唸る。

 事態は進展したように見せかけて『引出しを開ける』という目標が『納戸の扉を開ける』になっただけだ。

 更に鍵が掛かっている分、より厄介になったと言わざるを得ない。

 しかし、そんな桜井の不安とは裏腹に、茅野循は余裕ある笑みを浮かべていた。

「……鍵を拾う必要なんてないわ」

「へ?」

 桜井が目を円くして茅野の横顔を見あげた。

「もうこれでチェックメイトよ。現象X」

 その顔には酷くよこしまな笑みが浮かんでいた。

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