【15】神経戦
テディベアにレースのカーテン、花柄の壁紙……。
右手の庭に面した窓からは、重々しい灰色の空が窺えた。朝に見た天気予報によれば、もうすぐで嵐がくるらしい。
小茂田は、その部屋の中央にある応接で、突然やってきた二人の女子高生と向かい合っていた。
小柄な丸顔の方はきょろきょろと落ち着きなく部屋を見渡している。その仕草は子供じみていて緊張感の欠片もなかった。
中坊か……とも思ったが、隣に座る黒髪の方と同じ制服を着ている。こちらはスタイルがよくて、まるでモデルのように背が高い。二人が同年代にはとても思えなかった。
そして、黒髪の方にも臆している様子は、
ここは主導権を握る為に、最初に一発かましておくか……と、小茂田は先制のジャブを放つ。
パーラメントのフィルターを唇に挟み、ライターで火をつける。
そして、煙を吐き出しながら精一杯のしかめっ面でメンチを切る。
「オメーら、俺が誰だか知ってんのか? あッ!?」
すると、黒髪の少女が平然とした顔で言い放つ。
「知っているわ。人殺しの小茂田源造さん」
「てめえ……」
小茂田は、ここで少し違和感を覚えた。彼が悪童の王様だった頃は、もう二十年近く前の話だ。
目の前の二人がその当時の事を知らないのは無理もないだろう。
だがしかし、少なくとも人殺しだと知った上で、ここに足を運んでいる事は間違いない。
にも関わらず、まったく怖がる素振りもない。
……何なんだ。こいつらは。
逆に心をかき乱されてしまった小茂田は、今度は相手の出方を窺う事にした。
「……で、オメーらの目的は何なんだ? 金か?」
黒髪が首を横に振る。
「ちょっとだけ、私の話を聞いて欲しいの。ただ、それだけよ」
「ほう……何だ?」
足を組み変え、顎をしゃくって促した。
すると、黒髪の少女は語り出す。
「まず、事の発端は今から六年前。理由は知らないけれど、貴方は妻である愛弓さんを殺して地中に埋めた」
「適当な事を言ってるんじゃねえ。愛弓は男と、どっかに逃げたんだよ」
「それは、貴方が用意した嘘でしょ。大方、愛弓さんのスマホで、登録されているアドレスすべてに“駆け落ちするから探さないで”とか何とか……愛弓さんを装ったメールを一斉送信したとか、そんなところじゃないかしら?」
その通りだった。それが事実として認識されて広まった。
まるで見ていたかのように語る黒髪の少女の言葉に小茂田は息を飲んだ。
すると、そこで、まったく話を聞いていない風だった小柄な少女が声をあげる。
「昨日、あたしたち、愛弓さんが埋まってるの確認してきたよ。また埋め直してきたけど」
「ば、馬鹿な……」
あっけらかんと言い放つ、小柄な少女の態度に小茂田は明確な恐怖を覚える。
それがはったりではない事は、ジップロックに入った壊れたスマホで既に証明されている。
しかし、そもそも、なぜ愛弓が埋まっている場所を特定できたのか。
小茂田にはまったく検討もつかなかった。
「お前ら、いったい、どこまで知っているんだ……?」
喉の奥から声を絞り出す。黒髪の少女は
「
「うっ……ぐ……」
既に逃げ出してしまいたくなった。しかし、その臆病な心を繋ぎ止めたのは、彼のちっぽけなプライドであった。
小茂田は短くなったパーラメントを口にくわえ、肺の中に煙を入れる。
ニコチンが頭に廻り、気分の落ち着いてきた小茂田は不敵に笑う。
「フカシてんじゃねえよ。例えオメーの言ってる事が本当だとしても、俺があいつを殺したって証拠はねえはずだ。そうだろ?」
「それ、犯人しか言わないやつー」
小柄な少女がけらけらと笑い小茂田の神経を逆撫でた。
ブチギレそうになったが、フィルターだけになったパーラメントを大理石の灰皿の上でもみ消して、二本目に火をつける。
煙をたっぷりと吸い込んで再び気を落ち着けた。
すると、そこで黒髪の少女があっさりと言った。
「じゃあ、決定的な証拠があったとしたら?」
「なん……だと……」
小茂田は母親に言われた通り、すべての隠蔽工作をそつなくこなした……はずだった。
しかし、目の前の少女たちの自信に溢れた態度。
……俺は人殺しなんだぞ!? もっと、ビビれよッ!!
と、大声で怒鳴りつけたいのを我慢して、つとめて平静な態度を装い、どうにか別な言葉を紡ぐ。
「カマかけようったって、知らねえからな……」
流石に彼も馬鹿ではないので、この二人が今の会話を録音しているであろう事は想像がついた。
犯人しか知りえない下手な事を口しないように小茂田はニコチンの染み込んだ脳味噌をフル回転させる。
「俺は何も喋らねえ……」
「ええ。構わないわ。最初に言った通り、貴方には話を聞いて欲しいだけだから」
「ああ、そうだったな? だがよ、一つだけいいか?」
小茂田は余裕のある振りをして、左手の人差し指を一本立てる。
「お前らが仮にその証拠を握っていたとして……だったら、わざわざ俺のところにくる必要なんてねーよなぁ」
そう言って、醜悪な小鬼のように肩を揺らして笑う。
「
「いいえ。あるわ」
あっさりと、にべもなく言い放つ。
その黒髪の少女の表情は自信に満ち溢れていた。
……嘘だ、はったりだ、ブラフだ。
小茂田は自分にそう言い聞かせながら声を張りあげる。
「嘘吐いてんじゃねえッ! ガキだと思って舐めてんじゃあねえぞ!?」
「では、逆に貴方に質問したいのだけれど……」
黒髪の少女は平然とした口調で言った。
「六年前も不思議に感じなかったのかしら?」
「何がだよ!!」
「六年前の今頃……吉島拓海さんが、ここに訪ねてきたときよ」
「ああ……」
吉島の事を思い出した小茂田は小馬鹿にした様子で笑う。
「あのクソオタク……何しにきたんだろうな……くっくっく」
小茂田はあの一件を、吉島がひとりでブチギレて勝手に自滅した程度に考えていた。
「あのクソがどうした?」
すると、そこで小柄な少女が自らのスクールバッグの中から何かを取り出して、それをテーブルの上に置いた。
それはピンク色のテディベアであった。
「何だ? こりゃあ……」
その小茂田の疑問に答えたのは、黒髪の少女の方だった。
「これは、元々この部屋にあった物よ」
「この……部屋に……?」
では、それがなぜ、少女のバッグの中から出てきたのだろうか。
戸惑いながら室内を見渡す小茂田。
彼女の母親が作った沢山のテディベアが虚ろな眼差しで、自分を見つめているような気がした。
その中に、テーブルの上にたった今、置かれたテディベアと同じ色の物があった。右手の窓際の飾り棚の上だ。
「吉島さんはね。愛弓さんを最低のDV野郎の貴方から救う為に一計をめぐらせた」
「……何だと?」
話が見えずに小茂田は眉をひそめ、再び黒髪の少女に視線を戻した。
「恐らく吉島さんは自室からこの家を覗き込んだ時に、これと同じテディベアが部屋に飾られている事に気がついた。DVの決定的な瞬間をカメラに納める事はできなかったけど、吉島さんはそれを利用する事にした」
「利用だと……?」
「窓から覗いた時に目についた同じテディベアの製作キッドを購入して製作し、その中にトレイルカメラを仕込んだ」
「トレイル……カメラ?」
「野外監視用のビデオカメラよ。生物学者やハンター、カメラマンなんかが使うような定点カメラね。バッテリーは、物によるけど数百日は持つわ。そのトレイルカメラを仕掛けたテディベアと……」
そう言って、黒髪の少女は卓上のテディベアの頭をそっと撫でた。
「このテディベアをすり替えた」
「馬鹿な……そんな事、できる訳が……あのクソオタがいつの間にそんな芸当を……」
黒髪の少女は首を横に振る。
「すり替えたのは、吉島さんじゃないわ」
「だっ、誰が……?」
小茂田は青ざめた表情で問い返す。
「……愛弓さんよ」
そう言って、黒髪の少女が大魔王のように笑った。
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