【11】霊視
それからしばらくして西木が落ち着くと……。
「取り合えず、今日はもう疲れているし、ゆっくり休んで鋭気を養いましょう。まだ気になる事はあるのだけれど、それについては、また明日で」
「さんせーい。もう眠いや」
茅野の言葉に釣られるように桜井が大きな欠伸をした。
「それじゃあ、電気を消すわよ?」
茅野が上半身を起こして蛍光灯の紐を引こうとした。すると西木がそこに待ったをかける。
「そう言えば、何で楝蛇塚に愛弓さんの遺体が埋まっているのが解ったのか聞いていないんだけど」
それだけは、どうしても聞いておきたかった。気になって眠れそうになかったからだ。
「……ああ、その事ね」
茅野は、何て事なさそうに西木の疑問に答え始める。
「まず、最初に引っ掛かったのが、貴女と吉島さんが見たカカショニは田んぼではなく、楝蛇塚に現れたんでしょう?」
「うん」
「これにも何かしらの意味があるんじゃないか……と、思ったのよ。カカショニは案山子鬼……本来なら田んぼに出現するはずの怪異だもの」
「それだけ?」
「いいえ。まだ根拠はふたつあるわ。まずひとつ目は清恵さんの話で、楝蛇塚の方に向かう、白い人魂が出たって言ってたわね」
「うん……」
西木は相づちをうった。桜井は既に目を
「その人魂が出たのが、西木さん……貴女がこの蛇沼へ越してくる前の年の秋だった。ちょうど、その頃に愛弓さんは失踪した」
「そうだけど……」
「その人魂は、小茂田が愛弓さんを埋めた時に使っていた照明なんじゃないかしら? ランタン型のLED照明ならば、遠くから見れば白い人魂に見えなくもない」
「確かに……」
西木は得心して頷く。
「もうひとつの根拠は
「ああ……」
ここで西木は、桜井梨沙の霊能力の事だろうと勘違いして納得した。
「それじゃ、今度こそ暗くするわよ?」
「うん。ありがとう」
西木がそう言い終わる前に茅野は蛍光灯の紐を引いた。
時間は少しだけ遡る。
この日の昼過ぎだった。
自室のソファーでだらしない格好のまま横になり、スマホでSNSを眺める九尾天全。
テレビの中では何度も見たお気に入りの映画が再生されていた。
「んあ……」
ごろりと姿勢を変えて、九尾はローテーブルの上のグラスに手を伸ばした。
ぐいと、切り子グラスに波々とつがれた日本酒を一気に飲む。久保田の千寿である。
更にドライフルーツを摘まむ。
他にもテーブルには
「えへへへ……。わたし、今、生きてるわ……」
この日は休日ではあるが完全に駄目人間のそれである。そこに普段の彼女が身にまとう神秘的なオーラは欠片もない。
完全なスイッチオフ状態の九尾天全であった。
「ふひひ……」
……と、そこで唐突に電話が掛かってくる。
「なになに……びっくりしたなぁ、もう」
スマホのディスプレイには“茅野循”とある。
迷わず電話ボタンを押した。
「あい……どしたの?」
寝転んだまま受話口を耳に当てる。
何気ない調子を装っていたが、内心ではほくそ笑んでいた。
何故なら茅野たちには初対面の時に『心霊スポットに足を踏み入れる事はよくない』と忠告したのだが、揚げ足を取られ、聞き入れてもらえなかったからだ。
きっと、何かしらの霊障に合って困っているのだろう。そして、自分を頼ってきたに違いない。
ここは、びしっと霊能者としての
しかし……。
『今日はオフかしら? 自室かどこかで独り酒をしながら映画を見て、スマホでSNSを閲覧かメッセージアプリで友人とお喋りってところね。暇そうで何より。都合がいいわ』
「ちょっ、ちょっ……え!?」
がばっ、と姿勢を正し、周囲を見渡す。
『実はお願いがあるんだけど……さっき、ちょうど貴女の事を思い出して』
淡々と話を進めようとする茅野。
その言葉を制して九尾は問う。
「ちょっ……待って。こっちも質問があるんだけど」
『何? もうすぐ昼休みが終わりそうだから手短にお願いしたいわ』
どうやら学校から電話をしているらしい。
九尾は恐る恐る尋ねた。
「いや……何で解ったの?」
『何がかしら?』
「わたしが下着姿で映画を見ながら、だらだらとお酒を飲んで、スマホでSNSを閲覧していた事を……」
『貴女の格好までは知らないわよ』
と、苦笑して茅野は種明かしをする。
『まず電話に出た時の
「あ……」
それもそうだと納得する。しかし、スマホでSNSを閲覧していた事までは解りようがないはずだ。そう思いながら茅野の言葉を待つ。
『……それから、電話に出るまでのレスポンスが、かなり短かった。そこでスマホを手に持って弄っている最中だったんじゃないかと思ったの。更に映画の音声以外、背後から聞こえてくる音がほとんどない事から、恐らく自宅に独りでいるというのも想像がついた。流石に映画を見ながら動画や音楽を鑑賞したりはしないだろうし。そうなると、お酒を飲みながらスマホでやれる事なんて限られている』
理由を聞いてみれば何て事はない。しかし、それでも九尾は驚きを禁じ得なかった。
「……凄いわね。あのホテルの件でも思ったけれど。ホームズみたい」
『
「何?」
若干、酔いが醒めて居住まいを正す九尾。
『実は人を探しているの。あなたの能力で何とかならないかしら?』
「名前は?」
『小茂田愛弓。小さいに、茂みの茂、田んぼの田。恋愛の愛、それから弓矢の弓』
「……生年月日と出来れば顔写真もお願い」
『解らないわ。顔写真もない。ごめんなさい。調べれば生年月日くらいは解るとは思うけれど……』
九尾は思案する。
「……まあ、いいわ。名前だけで何とかなると思う」
『本当に? これだけで? 何ならもう少し情報を付け加えるけど。失踪時の状況とか』
少し疑わしげな茅野の声。しかし……。
「ええ。大丈夫よ。お姉さんに任せなさい!」
本当ならば、流石に名前だけというのは、いかに九尾といえどもかなり難しい。
しかし、だからこそ、ここで結果を見せれば霊能者としての威厳を取り戻せるはずだ。
……そう意気込んで、九尾は茅野の頼み事を請け負う。
「ちょーっと、酔いを醒ますから今すぐって訳にはいかないけれど」
『構わないわ』
と、そこで茅野の声と重なってチャイムの音が聞こえてきた。昼休みが終わったらしい。
『それでは、後で連絡を』
「はーい」
と、言って通話を終える。
スマホに充電コードを差し背伸びをする。
「さーて、ひと風呂浴びるか」
と、九尾は独り言ちて、シャワー室に向かった――
「……何にも解らなかった」
ソファーに腰を落としてうなだれる、真っ白に燃え尽きた九尾天全。
更にローテーブルの上にはライダー版のタロットカードが散らばっている。
やはり、名前だけでは無茶だったのだ。
「取り合えず、生年月日だけでも調べてもらおう」
九尾はスマホを手に取り『多分、北東らへん』という辛うじて降りてきた曖昧な啓示と共に『大口叩いてすいませんでした。やっぱり、もう少し情報をください』という旨をメッセージで送った。
更に何かの足しになるかもしれないと、特にインスピレーションを感じた三枚のカードの画像を送った。
「はあ……せっかく、いいところを見せようと思ったのになあ……」
九尾は憂鬱な溜め息を吐いて天井を見あげる。
メッセージはすぐに既読がついた。
しかし、いくら待てども茅野からの折り返しの返事はこなかった。
己の不甲斐なさに落胆する九尾の元に茅野からお礼のメッセージが届いたのは、夜遅くになってからだった。
『ありがとう。助かったわ。貴女はとても素晴らしい霊能者です』
「は? 何で?」
眉間にしわを寄せ、スマホの画面をためつすがめつ眺める九尾。
彼女が添付した三枚のカードは“世界”と“悪魔”そして“魔術師”である。
実はこの三枚はすべて
“世界”は、ウロボロスという伝説上の蛇を象徴し、エデンの園でエヴァを誘惑した“悪魔”もまた蛇の姿をしていた。
更にライダー版の“魔術師”の図案に画かれた人物の腰に巻かれたベルトは、そのものずばり蛇である。
そして、北東という方角……。
すべては、楝蛇塚を指し示していた。
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