【10】お泊まり会
小茂田愛弓の死体と共に彼女の私物らしき物がいくつか埋められていた。
茅野はその中から彼女のスマホを手に取り、ジップロックの中にしまった。
「……取り合えず説明したいのは山々だけど、いったん、この遺体は埋め直しましょう」
「警察には連絡しないの?」
もう驚き疲れたらしい西木が淡々とした口調で問う。
「……警察に通報しても、どうせ小茂田の縁故の者にうやむやにされるに決まっているわ」
「じゃあ、やっぱり愛弓さんを殺してここに埋めたのは小茂田源造?」
桜井がシャベルを持って立ちあがり、穴を埋め始める。
「そうよ。ただ、今の段階では、愛弓さんを殺し、ここに埋めたのが彼だっていう証拠もない。だから、いったん出直しましょう」
茅野と西木もシャベルを手にする。
黙々と穴を埋め続ける三人。
しばらくして、すべての穴を埋め終わると西木が虚ろな目でぼやく。
「でもさー、この穴堀り……別に明日にしてもよかったんじゃない?」
もう恐怖心は薄れていた。
桜井と茅野から勇気をもらった……というより、あまりにも怖がらない二人を見るうちにどうでもよくなってきたのだ。
その西木の言葉に桜井は肩をすくめる。
「きっと循は早く確かめたかったんだよ。こういうところ、割りとせっかちだからさあ」
「そうね。でも、その
茅野が悪びれもせずに言った。
そして、スマホで時刻を確認すると言葉を続ける。
「取り合えず、終バスの時間も過ぎた事だし……」
茅野は自らのスマホの画面を覗き込みながら言う。
「申し訳ないけれど、西木さん」
「何?」
「貴女のお家に泊めてもらえないかしら? お風呂を貸してくれるとありがたいわ」
「うん。大丈夫だと思うけど一応お母さんに聞いてみるね。そろそろ仕事から帰ってると思うから」
西木がスマホで母と連絡を取り始める。
桜井は腰を伸ばして「わーい、お泊まりだー」と無邪気に喜んでいた。
「説明はお風呂あがりにでも……。それでいいかしら? まずはコンビニに行きたいのだけれど……色々と買いたい物もあるし」
「まあ……構わないけれど、コンビニちょっと遠いよ?」
西木は諦めた様子で微笑み、返事をした。
結局というか案の定というか、夕食は西木の母親の手作りをご
順番に入浴を手早く済ませ、居間へと向かうと座卓には既に夕食の用意がされていた。
「本当に、こんな物しかなくて申し訳ないのだけれど……」
……などと、西木母は言っているが、急にお泊まりが決まった割りには気合いが入っている。
唐揚げにポテトサラダ、自家製の糠漬け、なめことワカメの味噌汁など……。
座卓の中央には、ホットプレートが置いてある。どうやら、メインディッシュはお好み焼きらしい。関西である。
桜井と茅野は座布団の上で正座して、その座卓に広がるお宝の山々を眺めた。
「食べ盛りには、少しだけ足りないかねえ……」
「い、いえ……おまかいなく」
流石の桜井も恐縮し、あまつさえ言葉を噛んでしまった。
「本当に突然、押しかけたのに申し訳、ありません」
茅野の言葉に西木母は右手を扇ぎながら、朗らかに笑う。
「いやあ、うちの
「お母さん!」
西木が照れ臭そうにテンション高めな実母を
すると既に地酒の四合瓶を傾けて赤ら顔をしていた西木祖父が「本当に賑やかでいいのお。どうだ、おめさんがたも一杯」などと冗談とも本気ともつかない様子で言い出す。
桜井と茅野がお断りするより早く、西木母は唇を尖らせ祖父に鋭い言葉を飛ばす。
「駄目よ、お父さん。今はそういうの厳しいんだから!」
「いや、冗談に決まってるねっか。ほんにもう。そっつけ、怒る事ねえのに」
と、苦笑して西木祖父はおちょこを唇につけて傾ける。
そして、西木母は再び桜井と茅野に向き直り、
「さあ、遠慮なく食べてね? おかわりも自由よ?」
桜井と茅野は再び頭をさげて礼を述べる。
そして、手を合わせ「いただきます」の言葉と共に夕食が始まった。
夕食が終わり、桜井と茅野、西木の三人で食器洗いを行う。
そのあと、西木の部屋へと引きあげた三人。運びいれた来客用の布団をしいて横になりながら、ようやく本題の話に移る。
「……で、あの愛弓さんの件だけど」
西木がベッドの上で腹這いになりながら切り出す。
すると、茅野は床に敷かれた布団の上で、ぼんやりと天井を見つめながら語り始めた。
「……最初に思ったのは、なぜ、吉島さんは小茂田の家に向かったのかよ。私はやはり吉島さんが小茂田源造に会いに行った理由は愛弓さんの事以外にないと思ったの」
「まあ、そうだろうねえ」
と、桜井は眠たそうな声で言った。
「それで、安蘭寺の清恵さんの話を聞いたあとに、西木さん……貴女が言った言葉」
「私が?」
「そうよ」
茅野は頷く。
……私が見たカカショニ……あれ、女の人だった気がする。
「それを聞いた時、もしかしたら吉島さんが六年前に見たのは、行方不明になった愛弓さんの姿だったんじゃないかって……」
「愛弓さんの!?」
西木が大きく目を見開き茅野の方を向いた。
すると茅野は静かに頷く。
「清恵さんによれば、カカショニは正体不明の怪物ではなく死者の霊であるという話だったわ」
「うん」と桜井の相づち。
「その話を吉島さんが知っていたとしたら? 吉島さんは清恵さんと仲がよかった。過去にそう言った話を清恵さんから聞いていてもおかしくはないでしょ?」
「あ……そうか」
西木が気がつく。
「師匠は愛弓さんの姿をしたカカショニを見て、行方不明の彼女が
吉島の
そこで桜井がふと思い出した様子で口を開く。
「そう言えば、愛弓さんが流産したのは小茂田の暴力っていう噂だったね」
「それで師匠は、真相を確かめる為に小茂田の家に行って……返り討ちにあったのね?」
「そうよ」と、西木の問いに茅野は答えた。
「許せない……小茂田源造」
「落ち着いて。西木さん」
茅野は極めて冷静に淡々と言葉を紡いだ。
「楝蛇塚で言ったけれど下手に動くと、今の段階では、縁故の警察関係者に
「じゃあ、どうする?」
桜井がまるで、休日の予定を尋ねているかのような口調で問うた。
すると、茅野は天井を見つめたまま不敵に笑う。
「警察に影響力があるといっても、相手はそこまで万能じゃない」
「だろうね。事件そのものをなかった事にできるとか、そういうレベルじゃない感じだし」
桜井が同意する。
「それに現代では、どんなに権力を振りかざして有耶無耶にしようとしても、決定的な証拠さえあればインターネットという
「まさにシュビラの眼だね」
「取り合えずネットにあげてしまえば、
「でも、茅野っち……」
「何かしら?」
「その決定的な証拠については当てはあるの?」
西木の問いに茅野はしばらく思案してから答えを述べる。
「ここがいちばん難しいところね。事件は六年前で、警察も宛にならない。正直、かなり厳しいと言わざるを得ない」
「うーん。霊能力は、現実の事件じゃつかえないしねえ」
桜井が難しい表情で天井にある木目を睨めつけた。
「それでも……」
西木がぽつりと言葉を漏らす。
「諦めたくないよ」
西木の圧し殺した泣き声が静かに空気を震わせる。
きっと両親と祖父に聞こえないように堪えているのだろう。
「だって、このままじゃ、師匠が……可哀想だよ……」
桜井と茅野は神妙な表情で顔を見合わせた。
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