【05】クリスマスの思い出
三年前の十二月二十五日の夜。
綺麗なホワイトクリスマスという訳にはいかず、朝から冷たい
消雪パイプから吹き出る
そんな暗く冷たい外界から切り離された暖かな教室内には、たくさんの笑い声があった。
ブッシュドノエルにフライドチキン、ミートソースにナポリタン、ピザに焼きそば、手巻き寿司。
炭酸飲料のペットボトルやスナック菓子……。
参加者たちが持ち寄った食べ物が、長机を合わせて作られたテーブルの上にところ狭しと並んでいる。
部屋の天井付近や壁には紙のリボンとチェーンが縦横に走り、窓にはすぐに落とせるスプレー塗料でメリークリスマスの文字。
そして部屋の隅にある角には、ささやかなサイズのクリスマスツリーが起立している。
この日は、黒谷中学の二年三組の面々で盛大にクリスマス会を行う事になっていた。
次の年の春にフランスへと旅立つ、彼女との最後のクリスマスになるからだ。
夏休み明けに彼女の転校が発覚してから、ずっと水面下で計画が進められていた。
大きなテーブルを囲んで、彼女を中心に和やかな時間を過ごす二年三組の面々。
参加者はクラス全員だった。
もちろん教師には許可を取り、何日も前から準備をしていた。
既に学校は冬休みに入っており、この日は昼からの開場となった。
担任は最初の乾杯にだけつき合って「あまり破目を外すな」と「何かあったら教務員室にいるから呼べ」というお決まりの言葉を残して姿を消した。
それからはずっと児童たちの時間となり、会は大いに盛りあがりを見せていた。
各種ゲーム大会や一発芸大会なんかも行われた。
大抵はくだらない物ばかりだったが、彼女は弾けるようにずっと笑いっぱなしだった。その反応を見れば解る通り、ここまでは何もかもが上手くいっていた。
あとの
クラスの全員がその瞬間を思いながら、胸の鼓動のピッチを早めていた。
彼女は感動してくれるだろうか……そして未来の彼女はよき思い出として、この日の事を忘れずにいてくれるだろうかと。
やがて、会が終わる予定の時間である十六時が迫る。
そのとき、廊下を駆ける足音が彼女たちの集う教室へと近づいてくる。
誰もその足音に気がつかず、この輝かしい一時を心の底から楽しんでいた。
今日の主役である彼女も、当初は気はずかしさと申し訳なさで居心地の悪さを感じていたが、会が終わりに近づくにつれ、徐々にその気持ちは薄れていった。
そうして、クラス委員がそろそろ最後のサプライズの準備に取りかかろうと、この会の実行委員たちに目配せをする。
その瞬間であった。
教室の前方の戸が勢いよく開いた。
ぴたりとざわめきが静まり返り、会の参加者の目線が一斉に開かれた戸口に集まった。
「はあ……はあ……はあ……はあ……」
そこで荒い息を切らしていたのは、濃紺のダッフルコートを着た倉本百子だった。
教室内の時間が凍りつく。
倉本は室内を見渡し、涙を溜めながら叫んだ。
「やっぱり、私もゆうちゃんとクリスマスを過ごしたい……」
「倉本……お前……」
榎田の言葉を遮って倉本は叫ぶ。
「……ゆうちゃん、ごめんね?」
そして大好きな彼女の方を見ながら、微笑む。そして……。
「これ、ゆうちゃんへのクリスマスプレゼントだよ?」
倉本は無邪気に笑って両手の手袋を外した。
茅野は榎田と楠木の二人に、倉本から相談を受けた経緯をかい摘まんで話した。
彼女の写真を見た時の違和感についても……。
すると榎田と楠木は、何とも言えない表情で顔を見合わせる。
そんな二人に桜井が質問を投げかける。
「二人はさあ。そのゆうちゃんっていう子の事は覚えているの?」
すると、榎田があっさりと、
「ゆうちゃん……|森田優花(もりたゆうか)の事ならよく覚えてるよ」
と言った。
桜井は目をむいて驚く。
「覚えているんだ……」
すると茅野が口角を釣りあげる。
「まだ細かい所は解らないけれど、事情はだいたい解ったわ」
「え!? マジで? 循、すごーい……」
「倉本さんを加えて貴女たちが四人でゴニンメサマの儀式を行った時……」
「ああ、うん。あれは中学生二年の二月の終わりだったよね」
榎田の言葉に楠木が懐かしそうに頷く。
「もうあと、一週間ぐらいでゆうちゃんと、
「……その儀式で、四人目だったゆうちゃん……森田さんが願ったのは『四人がいつまでも一緒にいられるように』ではなかった。そうなんでしょう?」
茅野の指摘に、楠木が少し戸惑った様子で榎田の顔を見た。
榎田は不敵に笑って茅野を促す。
「それで?」
「森田さんが……いいえ。貴女たちがゴニンメサマに願ったのは
一つの沈黙を挟んで榎田は「そうだよ」と茅野の発言を事実として認めた。
「えっ、え? どういう事なの?」
茅野と榎田の間で目線をさ迷わせる桜井の頭の周囲にハテナマークが飛び交い出す。
それに構う事なく榎田は話を切り出した。
「……それで君たちに是非、協力して欲しい事があるんだけど」
「内容次第ね。まあ何となく想像はつくけど」
茅野はそう言って、悪魔のように笑った。
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