【03】写真


 倉本が少し落ち着いてから、茅野は彼女に向かって言う。

「いくつか質問があるわ」

「何でも聞いて……」

 倉本が涙で濡れた目頭をぬぐう。その拍子に左手首に巻いていたバンダナがずれたので、倉本は位置を直した。

 茅野はその動作を、そ知らぬ顔で観察しながら問うた。

「……彼女の事を思い出したと、榎田さんと楠木さんには言ったのかしら?」

 倉本は首を横に振る。

「もえちゃんとけいちゃんたちとは、あのゴニンメサマの一件以来、何となく気まずくなっちゃって……だから、今は連絡先も解らないの」

 茅野は頷くと、次の質問を発した。

「写真を見て思い出したと言ったけれど」

「ええ」

「その写真は、見せてもらえるのかしら?」

「ああ。ごめんなさい」

 倉本は小さなSDカードを取り出した。

 茅野はそれを受け取るとタブレットのスロットに挿し込み、画面を指でなぞり始める。

「その髪が茶色い、色白の女の子がゆうちゃんなんだよ。ベリーショートの子がもえちゃん……ソフトボール部だったんだ。それでね、黒髪のセミロングの子がけいちゃんだよ。みんな優しくって、とっても仲良しだったんだあ」

 きらきらとした瞳の倉本。

 しかし茅野はタブレットの画面に目線を落としたまま眉をひそめる。

「どうしたの?」

 桜井が問うと茅野はタブレットを無言で彼女に手渡した。

「あー……なるほど」

 得心した様子の桜井。

 今度は倉本が二人の態度をいぶかる。

「その写真が何か?」

「いや……」

 桜井は首を横に振ると、茅野にタブレットを返す。

「……少し写真に悪い気を感じただけだよ」

 と、素っ気ない口調で言う。

 茅野はSDカードを抜いて倉本に返した。

「取り合えず報酬を受け取った以上、やるだけやってみるけれど、相手は人ひとりの存在をまったくなかった事にしてしまえるくらい強力な存在よ。もしかしたら貴女の望む結果は得られないかもしれない」

「うん……」

「具体的な方策が決まり次第、此方から連絡するわ。だからアドレスを教えて欲しいのだけれど」

 倉本は茅野と桜井の二人と連絡先を交換した。

 そして、二人に礼を述べ、この日はオカルト研究会の部室を辞したのだった。




 倉本が退室するのを見計らい、茅野はひとつ溜め息を吐いた。

 そんな物憂げな彼女に向かって桜井は問う。

「あの写真はどういう事なの?」

 もちろん桜井には霊能力などないので『少し写真に悪い気を感じただけ』という言葉は嘘である。

 しかし、あの写真には一目でそれと解る違和感・・・がありありと表れていた。

 茅野はたっぷりと思案してから桜井の疑問に答える。

「多分、彼女自身が撮影した物で間違いはないだろうけれど……」

「うん。だって倉本さん自身は一枚も写っていなかったもんね」

 と、桜井。

 茅野はカップの底に残っていた珈琲を飲み干して言った。

「ひとまず写真の事は置いておくにしろ、問題はそのゴニンメサマの儀式ね」

「あー。そうだね。あれって本当なのかな?」

「それは何とも言えないけれど、ゴニンメサマは、“スクエア”から派生した怪談だと思われるわ」

「スクエアって、ゲーム作ってるとこだよね?」

「違うわ。梨沙さん。……でも、お約束のボケをどうもありがとう」

「それは、どうも」

「スクエアというのはね。有名な都市伝説の事よ」

 幾つかのバリエーションはあるが、スクエアとはだいたい以下のような内容となる――


 ある五人の学生たちが雪山へ出かけた。

 すると猛吹雪にみまわれ、学生たちは遭難してしまう。途中、五人のうち一人が事故で死亡する。

 やがて残った四人は山小屋を見つけるも、そこは無人で暖房も壊れていた。

 当然ながら「このまま寝たら死ぬ」と考えた四人はどうにか吹雪が止むまで眠らずに済む方法を考え出す。

 その方法とは、四人が部屋の四隅に一人ずつ座り、最初の一人が壁沿いに二人目の場所まで歩き、その二人目の肩を叩く。

 一人目は二人目が居た場所に座り、今度は二人目が壁沿いに三人目の場所まで歩き肩を叩く。二人目は三人目がいた場所に座り、三人目は四人目を、四人目が一人目の肩を叩くことで一周する。

 歩いている間は眠れないし、万が一待機中に眠ってしまっても、肩を叩かれれば目覚める事ができる。何より軽い運動によって体温の低下を防げる。

 これにより学生たちは何とか吹雪が止むまで眠らずに済み、無事に下山できたのだった。

 しかし後日「これでは一人目は二人目の場所へと移動しているので、四人目が二人分移動しないと一人目の肩を叩けない。つまり四人では成立しない」と気付く。

 四人は最初に死んだ仲間が五人目として密かに加わって、自分たちを助けたのだろうと考えた。


「ふうん」

 桜井は例の如くあまり理解していないような返事をする。

「じゃあ、やっぱりゴニンメサマの儀式は、このスクエアを元ネタにした作り話なのかな?」

 この問いに茅野は首を横に振る。

「実はこのスクエアの『四人が四隅に立って移動しながら順番に肩を叩き合う』という行為自体が交霊術であるという説もあるわ。だからゴニンメサマもスクエアの原理を応用した本物の呪術儀式なのかも」

「なら、ゴニンメサマはいるかもしれないんだね!」

 と、嬉しそうに言い、桜井は椅子に座ったまま虚空に向かってワンツーを繰り出す。

 それを見た茅野が呆れ顔で笑う。

「貴女はゴニンメサマに何をするつもりなのよ……」

「人外なら躊躇ちゅうちょなく技を振るえると思って」

 照れ臭そうに頭をかきながら、舌を出す桜井。

「可愛らしい感じで怖い事を言わないで頂戴」

 茅野は苦笑しながら話を軌道修正しにかかる。

「まあ、そんな事よりもまずは、倉本さんの話がどこまで本当か調べる必要があるわね」

 すると桜井が得意気な顔で言う。

「ウラを取るってやつだね?」

 刑事ドラマを見て新しく覚えた語句を単に使ってみたいだけだった。

 そのあと榎田萌恵のSNSを発見したので、茅野は『倉本百子について聞きたい事がある』と彼女にDMを送った。

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