第3話


 7月5日、月曜日。放課後。


 ついに高崎さんとの勉強会の日がやってきた。


 部活動も休み期間に入った。みんな早々に学校を去り、自宅なり塾なり図書館なりに行って勉強を始める。

 中にはすでに勉強についていけなくなり、諦めて遊び惚ける奴もいるが、そんな奴にかまっている暇はない。


 しかし、今目の前にいる女の子・高崎可憐は、勉強についていけていない現状に抗い、自分の将来に向けて努力をしている。


「この教室は吹部がパート練習するときしか使ってないの。だから誰にも見られずに集中できるベストプレイスなのです♪」

「……おう」


 いつものほんわか笑顔を見せてくれているが、眩し過ぎて直視できません。

 眩しくなくても直視できませんが。

 高崎さんは吹奏学部でフルート担当とのこと。

 女たらしの友助が演奏風景を覗き見したときの情報によると、それはもう心が洗われるかのように上品で、優しく包み込んでくれる音色のようだ。


「ではでは、改めまして、今日からよろしくお願いします。太田君」

「こ、こちらこそ、よろんしゅくお願い……しやす」

「なんか緊張してるみたい。緊張してるのはこっちだよ。どんな鬼授業が待っているのかずっとドキドキしてた」


 相変わらず可愛いな、おい。


 なんだろうな、ものすごく天然そうなんだけど、割としっかりしてて、嫌味がないというか、男子はもちろん、女子にも絶対に好かれるだろうなということが分かってしまうほどだ。


 改めて考えると、こんな美少女と二人きりなのは何かとまずい気がする。

 いや、二人きりじゃないか……


「そこまで緊張することないわ。私と話すときのように、憎たらしいくらいに、自然に話せればそれでいいのよ」


 横からアドバイスなのか、貶しているのか分からないことを言ってくる幽霊娘・前橋静香さん。

 完全に二人きりだと緊張して言葉が出るか不安だけど、前橋さんもいるからちょっと安心だ。


「そ、それで、何からやろうか。セオリー通りだと、苦手なものを底上げした方が全体的な点数アップに繋がると思うけど……」

「私の成績表見たでしょ? だったら分かるよね? わざわざ言わせないでよぉ。もしかして太田君って思ったよりもドSなの?」

「いや……あはは~」


 高崎さんの成績は、どれも綺麗なほど悲惨だった。

 なぜなら、どの教科も総じて赤点間近だったからだ。


「しかも今回は期末試験だから、主要科目以外にも保健体育とか情報とか音楽とかもあるでしょ。一週間しか勉強期間がないんだし、もう絶望的だよ~」

「主要科目以外の教科に関しては、そこまで難しくないと思うし、授業をしっかり聞いている高崎さんなら悪い点数は取らないと思う」

「えっ、私のこと見ててくれたの?」

「いや……俺は後ろの席だから……。前の方にいる高崎さんは自然と視界に入るんだよ」

「そうだよね。びっくりしちゃった~」


 ちゃんと人の話を聞いてくれている証拠なのだろうが、迂闊なことは話せないな。

 残り一週間で、主要5教科8科目をやらないといけない……

 これは骨が折れそうだ。


 今のままオロオロしていてはダメだ。

 せっかく高崎さんが頼ってきてくれたんだから。

 いつもの勉強モードに切り換え。

 妹相手に勉強を教えてると思えばいいんだ。

 そして、かれこれ2週間近く一緒に過ごしてきた前橋さんと話すときのように。



 自然に……。自然に……。よし!



「じゃあ、いきなり勉強するのもいいんだけど、まずは作戦を考えよう」

「作戦?」

「期末試験は5教科8科目に加えて、保健体育、家庭家、情報、音楽の4教科ある。だけど、その4教科はそこまで難しくならないと思う。なぜなら、この4教科はあくまで普段の授業態度を数値化するための単純な理解度テストだからだ」

「えっ、そうなの?」

「だって、大学の受験科目に、保健体育とか音楽とかはないだろ? それ専門の学校とか学部に行きたいなら別だけど」

「たしかに~!」

「この学校でも通知表の成績を良くしたいならちゃんと頑張らないといけないけど、今の大きな目標は、少しでもいい大学に進学することだ。そのための一つのステップとして期末試験がある。だったら不必要なものまで勉強をする必要はない」

「それが保健体育とかの4教科」

「そう。だけど、たった一週間で5教科8科目をまんべんなく平均点以上にするのは難しい。だから、今回の期末試験の目標は、勉強の仕方を覚えて、さらに5教科8科目を赤点ギリギリから平均点に持っていくこと。そうすればその先は、高崎さんなら自分一人でも、どんどん伸びていけると思う」

「なんかすごいね。本当に先生みたい。……それに、さっきまでぎこちない感じだったけど、いきなり堂々とかっこよくなって」

「ん? 何がかっこいいの?」

「あっ、聞こえてるのね。なんかこういうのって聞こえないふりとかをするんじゃないのかな」


 高崎さんが急に恥ずかしそうにゴニョゴニョしだしたが、今は勉強に集中してもらわないと。


「じゃあまずは、いつもどんな風に勉強しているのか教えてくれないかな?」

「うん。でもね、驚かないでね、私これでもちゃんと勉強してるんだから! じゃーん!」


 何やらカバンから取り出し、大量の本を机に広げる高崎さん。

 見たところ主要科目の問題集がずらりと並んでいる。


 数学だけでも三冊。

 ん? 三冊?


 思わず手に取り、中身を確認する。

 こいつは驚いた。


「もしかして、買ったはいいものの全部の問題を解いてない?」

「だって難しいんだもん。ひとまず何冊か買って、その中で今の自分でも解けそうな問題だけをかいつまんでやってたの」


 なるほど、通りで……


「問題集を何冊も買って、色んな問題にチャレンジするのはいいことだと思う。だけど、今の成績になってしまったのは、まさにこれが原因だ」

「え~~! どうして?」

「問題集は、あくまで教科書にはないような問題を解いたり、解き方を教えてくれる補助的なものだ。何冊も持っているメリットは、他の問題集にはない問題に取り組めること。でもそれは、大学受験で満点が取りたい人だけがすればいいんだ」

「ふぇ?」


 唖然としている顔もなかなか……いや、いかんいかん!


「問題集なんて一冊あれば十分なんだ。まずは教科書と先生の授業の内容を理解する。それから理解した内容を試すのが問題集。そして一冊の問題集を何周も解いて、解けない問題をなくす。そうすれば自ずと解くためのパターンが身について、他の問題でも応用できる。応用できれば意地悪な問題以外は対処できて自然と点数も上がる」

「ということは、今の私は欲張り過ぎってこと?」

「そういうこと。たぶん問題集が多すぎると、買ったときは満足しても、いざやろうとすると、やらないといけないことが多くなり過ぎた気がして、ちょっと気が重くなるんじゃないかな」

「う……。その通りです」


 図星をつかれて俯く高崎さん。

 勉強の仕方は人ぞれぞれだが、効率の良い悪いは存在する。

 時間がない分、少しでも効率を上げて勉強を進めていきたい。


「だからそれぞれの教科の問題集は一つに絞ろう。問題集に入る前に今までの授業のおさらいもしないと」

「はい! 私頑張るよ! 太田先生♪」

「せ、先生?」

「だって先生みたいなんだもん。ふふふっ」


 可愛い教え子とのドキドキシチュエーションが魅力のゲームがあったような……


 でも、これは現実だ。


 他意がないことは分かっているんだから、高崎さんの言葉にいちいち惑わされないようにしないと。


 それから俺たちは、一日2、3教科に取り組むことを決め、さっそく勉強を開始した。

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