第4話
週明け。6月28日、月曜日。
今日もいつも通り学校へ向かうために、電車に乗っている。
月曜日だというのに、周りのサラリーマンらしき人たちはどこかしょんぼりしている。
休みが終わってしまい会社に行くのが嫌なのか?
仕事はやっぱり自分のやりたいことを楽しくやりたいものだが、恋と同じくそんなにうまくいかないようだ。
目の前には、無表情な前橋さん。
土曜日は前橋さんの心残り探検ツアーに出かけたものの、手掛かりは見つからず。
だけど、その手掛かりが見つかるまで、俺の恋を応援してくれることになった。
そのあと事件もあったが、何気ない日常がすぐにやってくる。
ちなみに、昨日も心残り探検ツアーに出かけようとしたのだが、俺の時間を奪うのは申し訳ないとのことで、勉強に専念させてくれた。
恋の勉強のための画面の向こう側の美少女と戯れる時間もあったが、前橋さんは「それの何が楽しいの?」と言わんばかりに無関心を貫いていた。
さすがに美少女と戯れるゲームは、女の子の前橋さんには理解が難しいようだ。
前橋さんは、女の子と会話するとき何を言ったらいいのか分からなくなる俺に、助言をしてくれると言ってくれたけど、本当に大丈夫なのか?
その無表情からは想像ができない。
そんなこんなで、学校へ到着し、自分の席へ。
「おっす!」
すでに登校していたチャラ男が声をかけてきた。
「おす」
いつものように挨拶を済ませ、腰を落ち着かせたそのとき、またしても事件?が起きた。
ガシャン!
教室の扉が勢いよく開く。
「太田直行君はいる?」
堂々とした佇まい。
そして、他を圧倒するほどのきらびやかなオーラをまとった美しい女の人がやってきた。
伊勢崎律先輩だ。
あれっ?
俺の名前を呼んだ?
ザッ
クラスメイトが一斉に俺を見てくる。
やめてぇ~! そんな一斉に見ないでくれぇ~!
「おい、直行、呼ばれてるぞ! 何かやらかしたのか?」
友助が興奮と心配を含んだトーンで呼びかけてくる。
「お、俺は何も……」
すると、クラスメイトの視線の先が俺に集中していることに気づいた伊勢崎先輩が、どんどん近づいてくる。
歩く姿勢も綺麗だ。
「君が太田直行君か?」
そこまで遠くないため、すぐに目の前にやってきた。
ものすごい眼力だ。一瞬で目をそらす。
「は、はい……。そう……ですけど……」
「ちょっと来て」
勢いよく手を掴まれ、目的地も分からず教室から連れ出される。
何が起こっているのか全く理解が追いつかないけど、女の子と手を繋いでいることは確かだ。
案外柔らかいものなんだな。
それに、伊勢崎先輩が前に進むたびに柑橘系の制汗剤のようないい匂いが鼻孔をくすぐる。
朝練をした後なのかな。
階段を上り、屋上へとつながる扉の手前まで連れてこられ、立ち止まる。
屋上は、一般生徒が立ち入りを禁止されているため、行けてもここまでだ。めったに人も来ない。
えっ?
急に二人きり!?
これから何が始まろうとしているのか分からないうえに、こんなドキドキなシチュエーションに慌てふためいてしまう。
「急に呼び出してごめんなさい」
伊勢崎先輩はこちらに振り向かないままだ。
「い、いえ……。あの……。その……何か御用が?」
「ええ、その通りよ」
すると伊勢崎先輩が振り向いたかと思うと、急に俺を壁際に追い込んだ。
そして、壁に両手をついて俺を挟み、身動きがとれないようにしている。
いわゆる両手壁ドンというやつだ。
「ひょっ!」
自分でもどこから出たのか分からないような甲高い声が出てしまった。
って、近い! 近い! 近い! いい匂い! 綺麗!
部活のときはお団子ヘアーにしているが、今はセミロングの髪を下ろしている。
日焼けのせいなのか、元からなのかは分からないが、髪はストレートではなく、全体的にや
や癖っ毛だ。
「私は、君がほしいの」
とてもまっすぐな声でとんでもないことを言い出した。
「ほぇ?」
何なんだ! 何なんだよ!
訳が分からず、言葉じゃないものばかり口から出てくる。
「おっと、ごめんなさい。君の話を妹から聞いたときから、君に会いたくてしかたなかったの」
やっとのこと解放される。
離れ際に、先ほどの柑橘系のいい香りの他に、ほのかに汗の匂い。
でも、男のそれとは全く
違う魅力的な香りだ。
すると、隣にいる俺以外の人からは見えない女の子から助け船が出される。
「何をやっているのかしら。これはチャンスよ。理由を聞きなさい」
そ、そうだ!
「あ……会いたかったって……どういうこと……でしょうか?」
非常にたどたどしいことこの上ないが、なんとか言葉を繋げることができた。
「これまたごめんなさい。言葉じゃなくてすぐに行動に移してしまうのが私の悪い癖なの」
「はぁ」
「太田君、君は先週の土曜日、女の子のカバンが窃盗されそうになったのを助けたよね?」
「えっ、ど、どうして……それを?」
「その女の子の名前は、伊勢崎愛。私の可愛い妹よ」
「えぇ~!!」
あの女の子が伊勢崎先輩の妹だったなんて……
確かにどこかで見たことがあるような雰囲気だと思ったけど。
まさか過ぎるわ!
でも待てよ?
なんで名前も名乗ってないのに、俺が伊勢崎先輩の妹を助けたって分かるんだ?
「どうして、俺が伊勢崎先輩の妹を助けたことを知っているんだって顔をしてるね」
「うっ……」
自称ポーカーフェイスを貫いてきたつもりだったが、どうやら顔に出やすい性格らしい。
「君が分かったのは、妹がこれを拾ったからよ」
「あっ!」
伊勢崎先輩の手には、無くしたはずの定期入れ。
やっぱりあの事件のときに落としていたようだ。
その定期入れを取ろうと手を伸ばす。
すると、伊勢崎先輩は定期入れを自分の胸元へ。
ちくしょう! 定期入れ、そこを代われ!
いや、違うだろ!
「えっと、その……」
「太田君、いや、直行君と呼ばせてもらうわ。君、陸上部に入らない?」
「えっ?」
突然の勧誘。いきなりすぎてこれまた何が何だかよく分からない。
「直行君は、ママチャリとはいえ、猛スピードで走る自転車に走って追いついた。しかも遠く離れた距離から。これは普通じゃ無理だわ。直行君が普通の男の子ならね」
不敵にほほ笑む伊勢崎先輩に思わず見惚れてしまう。
そのまま俺の返答は待たずに言葉を続け、
「学生証の名前を見たときにピンときたの。陸上部に所属していた人間だったら、全国大会の上位入賞者くらい調べて当然だもの。まさか去年の全国大会ファイナリストがこの学校にいたなんてね。聞くとことによると、部活には何も入っていないみたいね」
再び伊勢崎先輩の顔が近づけられる。
身長は俺より少し低めだが、女の子にしたら大きい方だ。
自然と目線が合ってしまいそうになる。
「もう一度言うわ。直行君、陸上部に入ってもう一度全国大会を目指しましょう。いや、目指すだけじゃダメ。君なら全国優勝だって狙えるわ」
「お……お……おれ、は……」
「喜んで陸上部に入ります」
横から前橋さんの声。
何言ってるんだよ!
俺は、部活には入らないって決めたのだから、この誘いは断らないといけないんだ!
でも……それは正しい選択なのか?
また逃げてるだけじゃないのか?
『チャンスはいつ転がってくるか分からないわ。そのチャンスを掴むタイムミングさえ逃さなければ、あとはうまくいくと思うの』
あのときの前橋さんの言葉を思い出す。
でも、でもさぁ、答えを出すことよりも、この状況から早く脱出したい。
ここまで女の人に近づかれたのは初めてなんだ。しかもこんな綺麗な人に。
心臓が破裂して、皮膚から細切れに飛び散ってしまいそうなくらいドキドキが止まらない。
まずい! これは非常にまずい!
「どうしたの? まずは体験入部からでいいから、一緒に頂点を目指しましょ」
何なんだよ、この人は!
自分がいかに魅力的な人なのか分かっていないのか?
いや、自分のやりたいことにまっすぐで他が見えてないだけなんだ。
走っていたときの俺がまさしくそれだ。
でも、そんなこと今は関係ない!
「ご、ご、ご、ごめんなさぁ~~い!」
俺は俊敏なアメフト選手かのごとく、瞬時に隙間をすり抜け、階段を猛ダッシュで駆け下りた。
「待って直行君! 私は! ずっと待ってるから! 君が陸上部に来てくれることを! 絶対に!」
後ろから大声で叫ばれるが、もう振り返ることはできない。
「あーーー」
ついでに、強制的に引っ張られるも、諦めてただただ嘆いてる前橋さんの声も聞こえる。
だから余計に後ろは振り返れない。
ごめんなさい先輩。
俺が今やりたいことは、走ることじゃないんだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます