第15話
強い意気込みとともに決行した前橋さんの心残り探検ツアー。
残念なことに、特に何の手応えのないまま、すでに15時を過ぎようとしていた。
間に少しばかり昼休憩を挟んだものの、朝から探していたので、かれこれ6時間くらいは経過している。
「はぁー、久しぶりに休日にこんな歩き回ったよ」
ため息が漏れる。
俺たちは高校の最寄り駅近くの商店街にあるベンチで休憩することにした。
ここは休日にも関わらず全く賑わっていない。
本当に近場に住んでいる人しか利用していないのだろう。
車を使えばイオンや大きめのデパートにすぐ行けて、何でも揃えられるし当然か。
ちなみに、ここまで前橋さんに気付いた人もゼロ。
その無表情に反してチャンレンジャーな前橋さんは、通りがかる人に対して手を振ったり、わざと通り抜けたりしている。
もし気付かれたらどうするつもりなんだと思うことはもうやめることにした。
なんだかんだ楽しんでいる気もするし。
でも今はもう飽きたのか、黙って俺の隣に座っている。人一人分の距離を置いて。
「そういえば、前橋さんも疲れたりするの?」
今日は6月26日、土曜日。
もうそろそろ本格的な夏がやってくる。じめじめした陽気のせで、来ているTシャツは汗でぐっしょりだ。
対して、前橋さんは汗を全くかいていない。
疲れている様子もないし興味本位で聞いてみた。
「それなりに歩いたはずなのに全く疲れないわね。暑さとかも感じないし、案外快適よ。あなたも幽霊になってみれば?」
「それ、俺に死ねって言ってるのと同義だぞ?」
「冗談よ」
だからいきなり死人ジョークを繰り出すのはやめてほしい。
俺の反応を待たずにそのまま前橋さんは言葉を続ける。子供のように足をパタパタさせながら。
「気づいたらこんな身体になってしまったのだけど、それほど悪い気はしないの。なんか生きていたときよりも自由に、思うままに過ごせてる気がする。案外このままでもいいかもって思い始めてきたわ。……やっぱり、ずっとこのままでいたいって言ったら、太田君はどうする?」
パタパタさせていた足を止めた。
代わりにこちらに顔を向けてきた気配は感じるが、俺はそのまま正面を向いたまま、
「お、俺か? 俺は別に……」
言葉に詰まってしまった。
朝の段階では前橋さんを早く成仏させてあげないと彼女が困ってしまうのではないかと思っていた。
勝手に意気込んで、勝手にそう思い込んでいたのだ。
じゃあ彼女の気持ちはどうなんだ?
真意は分からないが、彼女はこのままでいいかもと言っている。
依然として表情にこそ出さないが、たしかに学校で見かけていた彼女に比べても、今の方が生き生きと楽しそうに過ごしている気がする。
だったら別にこのままでもいいんじゃないか?
無理に成仏させて、それで彼女は満足なのか?
初めて教室で話したとき、彼女は学校のことを嫌いだと言った。
その目は冷めていて、この世界に何も楽しいことはないとでも言いたげに。
正直、幽霊とはいえ女の子をいつまでも相手にできるほど、俺は精神が大人になりきれていない。
でも、他の女の子とは違い、彼女とは自然に話せている。
これはもしかしたら、お互いにとって良いことなんじゃないか?
この世に残ることが彼女の望みだとしたら?
彼女が俺の前に現れたことが、何もない俺に、誰かから変わるきっかけをくれたのだとしたら?
それは好意的なものとして受け取ってもいいんじゃないか?
そんな葛藤をしつつ、いつまでも答えを出せずにあわあわしていたら————
「これも冗談よ」
「えっ?」
思わず前橋さんの方を振り向く。
口元を見てみると、右側の口角がややあがっているように思える。
脳内変換をすると……不敵に笑っている?
くそっ! 俺の葛藤を返せ!
「ごめんなさい。あなたって面白いからついね」
「つ、ついじゃねぇし」
からかわれているのは重々承知だけど、否定的な意味ではなく、肯定的な言葉をかけてもらえるのは正直ちょっと嬉しいかも。思わず照れてしまう。
これで変な風に勘違いしてしまう男もいるんじゃないだろうか。
その点、俺は美少女でこういうイベントには慣れているから全然平気だけどな!
画面の向こう側の美少女相手ですが……
でも、今の流れなら言えるかもしれない。
昨日言えなかったあの話を。
「あのさ……」
「なにかしら?」
真面目な話を切り出す雰囲気を察してくれたのか、そのまま俺の次の言葉を真剣に待ってくれている気がする。
「前橋さんはなかったことにしてくれたみたいだけど、昨日「将来やりたいことでもあるの?」って聞かれて、そのまま変な方向に話がヒートアップしちゃったじゃん?」
前橋さんは肯定も否定もせず、そのまま俺の話に耳を傾けている。
このまま最後まで話を聞いてくれるみたいだ。
「あのときはバカ正直に、将来っていったら就職とかその先の未来のことを考えていた。そういった意味ではまだ何も考えられてないし、とにかくまずはどこの大学にも行けるように勉強ばっかりやってきた」
そう。将来の夢なんてのは、まだまだ先の話だと思っている。
だけど、俺にはあったじゃないか。
大切で、純粋で、心に誓ったことが————
「俺、恋がしたいんだ」
「へっ?」
友達以外に言ったことがなったことを言えてスッキリした顔の俺。
対して、今までに聞いたことがないような素っ頓狂な声を発した前橋さん。
「あれ? 説明が足りなかったか? 俺は、今まで真面目に勉強とか部活しかしてこなかったから、高校生になって恋をして、素敵なスクールライフを————」
「フフッ」
いつか聞いたような、優しく包み込むような吐息を含んだ笑い声。
前橋さんが笑っている?
「あなたって本当に面白いわ。こんなに笑ったのは今までで初めて」
「フフッて笑っただけですけど、それが最上級の笑いなの?」
「そうよ」
真顔に戻る前橋さん。
どうせならもっと笑おうよ。
それにしても、前橋さんは笑うと少し目が垂れ目がちになるんだな。
普通に可愛らしいなと思い、ドキドキした。
「そっか、笑ってくれるのは何よりなんだけど、俺は本気なんだよ?」
「だからおもしろかったの。どんなことを口にするかと思ったら、女の子とちゃんと目を合わせられないあなたが『恋をしたい』だなんて」
「いいだろ、別に。憧れなんだよ」
「いいと思うわ。あなたももう高校生なのだから、そう思うのは当然だもの」
「言っとくが、俺はただ女の子の身体に触りたいとか、そういういかがわしい目的で恋がしたいと言ってるわけじゃないぞ」
「じゃあ、興味がないのかしら? もしかしてあなたは女の子とじゃく、おとこ————」
「そりゃ、今の世の中は誰に恋をしても自由だけども! そうだけども、俺は女の子に興味があります。もちろん恋をして愛し合った結果として、身体の関係に……」
言ってて段々と恥ずかしさが込み上げてくる。
さすがにこれは女の子相手に話すことでもないか。
「と、とにかく! 俺は女の子と素敵な出会いをして、恋をして、素敵なスクールライフを送る! そうすればきっと、今までの俺とは違う、NEW俺に生まれ変わって一歩前進できるはずなんだ。就職とか将来の夢とかはそれからなんだよ!」
空に向けて指を突き出す。
ふぅ、なんとか言い切ったぞ。
「あなたって勉強はできるのに、おバカさんね」
「人がせっかく決心して言ったのに、バカは酷過ぎるだろ」
「でも、あなたのバカは良いバカだと思うわ」
「えっ?」
おそらく貶されているわけではないが、その誉め言葉とも判断つかない言葉に唖然とする。
「いいわ。じゃあ私が手伝ってあげる」
「ん?」
「何を変な顔してるの? あなたがちゃんと恋をできるように応援してあげるって言ってるの」
突然の応援宣言。
こんな嬉しいことあるはずないっ!
「マ、マジでか?」
「マジよ。私は女の子。それもあなたがお話しできる数少ない、ね。だからこそ恋のアドバイスもできるかもしれない」
「えっ、前橋さんって恋の経験がおありだったりするの?」
「あるわけないでしょ」
「ないんかい」
前橋さんの言いぐさ的に、あるかと思っちゃったよ。
「でも、ゲームやアニメのような都合のいい女の子よりも、現実的なアドバイスができると思うのだけど」
「俺の彼女たちが単なるシステムみたいに聞こえるのだが」
「実際そうじゃない。あなたが恋をしたいのは3次元の女の子なのでしょ?」
「そ、それはそうだけど」
「つまりはそういうことよ。それに、何も手掛かりのないまま私が成仏できる方法を探してもきりがないわ。この世ならざるものだし、いつかは消えなくちゃいけない存在だけど、まずはあなたの願いを叶える。もしかしたら、そうしているうちに私が成仏できる手掛かりを見つけられるかもしれないでしょ」
あの前橋さんが、学校で誰も寄せ付けなかったあの前橋さんが、まさかこんなことまで手伝ってくれるなんて。
「前橋さんって優しいね、ありがとう」
思わず本音をポロリ。でも、感謝の気持ちはちゃんと伝えるべきだ。
前橋さんはというと、なんだか身体をピクピクさせている。
すると、なんだかむずがゆそうな声で————
「か、勘違いがしてほしくないのだけど、何もしないのは暇だし、なぜだかあなたと離れられないから、しかたなく妥協点を提案してるだけよ」
「はいはい」
プンプンしているような気もするけど、おそらく照れてるだけだろう。なんとなくそんな気がした。だからこそ、軽くあしらうような形で返事をしてしまった。
「知ってる? はい、は一回でいいのよ」
「ははっ、はい」
笑いが少し込み上げながら、これ以上プンプンさせないようにしっかりと返事をした。
前橋さんは普通の女の子かというとちょっと疑問だ。
だけど、普通の基準なんて人それぞれ。
今までは遠慮して言いたいことも言えないことが多かったけど、前橋さんなら腹を割って話せそうだ。
だって彼女は、俺の恋を応援してくれる〈パートナー〉なのだから。
しかし、現実はそう上手くいかないみたいだ。
もうそろそろ帰ろうかとベンチから立ち上がろうとしたとき、とある事件が起きたのだ。
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