第14話

 ……ん?

 何か気配を感じるような?

 意識は少しずつ覚醒していっているが、重くなっている瞼はまだ開けられない。


「ふふっ」


 ……ん? 

 だれか笑っている……?

 そうしてようやく、閉ざされていた瞼を開けていく。

 目の前に誰かいるのか?

 するとそこには————


「あら、おはよう。太田君」


 何を考えているか分からない無表情な前橋さんの姿があった。


「おあよ」


 頭をポリポリ搔きながら身体を起こす。

 まだ頭が覚醒しきれていないが、先ほどの疑問を確認してみよう。


「さっき笑ってた?」

「何を言ってるのか分からないわ、太田君。病院に行った方がいいんじゃないかしら」


 冷たくそう答える幽霊娘の前橋さん。

 さすがに前橋さんが笑うわけないか。

 あっ、そうだ。

 寝ぼけていたせいで昨日の決意をすっかり忘れていた。

 まずやらないといけないことがある。


「病院は行かない。けど謝罪はしたい。昨日はごめん、なんか怒ったみたいになって」

「なんのことかしら、全く覚えてないわ。身に覚えのないことばかりつらつら言ってしまうのは、やっぱり病気じゃないかしら。だったら早く————」 

「病院には行きません」


 ようやく目が完全に覚めた。

 前橋さんは気にしないでくれているみたいだ。なんだかんだ優しい。


「なにニコニコしてるのかしら。気持ち悪い。それはそうと今日はどうするの? 勉強かしら?」

「あえて罵倒はスルーしよう。勉強はあとでもできるし、今日は前橋さんの心残りを探そうか」

「もう心当たりなんて特にないし、心残りがあるのかも分からないのだけど」

「それでもだよ。前橋さんが普段行っていたところとか巡っていたら、何か思い出すかもしれない」

「そうね。でも、もしかしたら私の心残りは、こうしてちゃんと向き合って話してるのに、私の足元ばかり見てる誰かさんのことかもしれないわ。ちゃんと目を見て話してくれれば、もしかしたらそれで成仏できるかもしれない」

「それはないと思うので、断固拒否しよう」

「つれないわね」


 生きていたときからそうだったけど、俺のことをいじって楽しんでるよね? 

 女の子と目が合わせられないことをいいことに。


「それでいいんだよ。じゃあさっさと準備して出かけようか」


 そう言いながら着替えようと服に手をかける。


「ちょっと待ちなさい」

「ん? どうした? 何か思い出したのか?」


 ちょうどTシャツの裾を掴み、上にあげて脱ごうとしてる途中なので、顔に服がかかったままだ。

 つまり、前が見えない状態である。


「あなたは、女の子が目の前にいるというのに、平気で服を脱げちゃう変態さんなのかしら」

「あっ、すまん」

「もういいわ、すぐに出ていくから、さっさとその間抜けな状態をなんとかしなさい」


 まだ服が顔の前にかかった状態なので、前橋さんの顔は見れないが、声だけ聞くとちょっとあわあわしているような?

 すぐに服を戻すが、もう前橋さんの姿はなかった。

 さすがに迂闊だったか。

 おそらく幽霊なので、前橋さんを女の子としてそこまで意識しないですんでいる&自分の部屋ということもあって自然に脱いでしまった。

 でもなんかこの感じ、同居したての初々しい恋人みたいじゃないか? 

 そう思うとドキドキしちゃうぜ。

 そんなことを言ったら、前橋さんにゴミを見るよりもはるかに冷たい視線を浴びせられる気がするので、口にはしない。決して。


 さっさと着替えて自室のドアを開ける。

 するとドアのすぐ隣で前橋さんは待ってくれていた。

 まぁ、なぜか俺と前橋さんは10m以上離れられないので、遠くには行けないのだけど。


「おまたせ」

「うん」


 自室に呼び込み、もうお馴染みのポジションへ。

 さてと、今日の予定を決めなくちゃ。


「昨日のところ以外に、他に気になってる場所とか、よく行ってた場所とかあるのか?」

「気になってるところはもうないわ。よく行ってた場所だと……渡良瀬川の河川敷とかはよく散歩してたわね。あとは買い物するとしたらイオンかしら」

「あまり遠くには行かないんだ」

「そうね。とくに遠出したいとも思わなかったし、近場で済ませてたわ」


 渡良瀬川は北関東を流れる一級河川だ。

 主に群馬と栃木を流れていて、この地域に住んでいて知らない人はいない。

 夏になると花火大会を見るために人が集まる。

 イオンは駅からバスで行かないとといけないが、商業施設はこの辺ではイオンしかないため、高校生や中学生が遊ぶとなったらだいたいここに通うことになる。


「じゃあ、今日は一通り回ってみよう。雨も降らないらしいし、時間はたっぷりある」

「よろしくお願いするわ」


 ということで、歩きだけでは全部は回り切れないので、バスや電車を駆使して前橋さんの心残り探検ツアーを開始することになった。

 さすがに、いつまでもこの同居生活みたいなことが続いていくとしたら、いくら幽霊とはいえ俺の気力がもたない。

 それに、いつまでもこの世に残り続けていたら、前橋さんも困ってしまうかもしれない。


 絶対に手がかりを見つけて、安心して成仏させてあげよう!


 そう強く意気込み、動きやすいお気に入りのスニーカーに履き替え、家を後にした。

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