第3話 悪役令嬢ルートに入ってくるプレイヤーがうざ可愛い
紅茶とスコーン。ジャムとクロステッドクリーム。
私の異世界生活というものは、それがすべてだった。
「セレン様、ご一緒してもよろしいでしょうか」
ヒアデス魔法学院には、広い薔薇園と、茶会にちょうど良い大理石造りのガゼポがあった。私の覚えている限り、このスポットはセレンのテリトリーとなっていて、攻略キャラ達と鉢合わせすることが少ない。ここのスチルを思い返すと大体ヒロインがイジメられている。
「かまわなくってよ」
取り巻きというものは、自然に増えていった。
授業を受け、茶会を開き、バラを眺めながらひと時を過ごす。そんなルーティーンをこなしているだけで、人が集まり、お茶やお菓子が増え、社交の場になっていった。
(まあ、いいか)
悪役令嬢に転生した時、私は10歳だった。
転生当初、周囲からの評価は『傲慢』『ヒステリー』『わがまま』『あまのじゃく』。だいたいが悪口であったけれど、一つだけ全員が口をそろえて言うことがあった。
『神童』
ラスボスを務めるだけあり、努力を必要とせず、全てをうまくこなす才能がある。
さらに美しい。濡れ羽色の長髪は墨を垂らしたようで、切れ長の目はぞっとするような迫力があった。背も高く、鏡の前で「これで10歳か」と何度も頷いたものだ。
「セレン様、聞いて下さい」
「セレン様、上級生に」
「セレン様、実家で……」
社交の場というものは問題が持ち込まれやすいようで、暇つぶしに相手をしていたら、だんだんと自分の派閥のようなものが出来ていった。私が思ったのは、
(設定には抗えないのね)
結局、ゲームの設定通りになっている。
三年目の春、転入生があった。庶民の出身でありながら、賢者の弟子。救世主の証と言われる光の精霊と契約しており、明るく頑張り屋で可愛い少女――ヒロインだ。
「セレン様、あの転入生――皇太子殿下に近づいているようです」
茶会に、そんな話が持ち込まれた。
「そう」
「身分知らずです。恥知らずです。殿下にはセレン様がいるのに」
「放っておきなさい」
「でも」
「あなた、わたくしに二度、同じことを言わせるの?」
悪役令嬢の茶会というのは不思議なもので、広いバラ園のそこかしこに人が散らばっているのに、私が不機嫌を示すと、一瞬でバラ園全体が静かになる。
「――続けなさい」
そう言ってティーカップを傾けると、再び華やかな茶会が動き出す。
すごいなぁ、悪役令嬢。
「あの子のせいで……」
私にたしなめられた女生徒は、隠れて爪を噛んでいた。こんな古典的な、と思うけれど、これもゲームの強制力というものか、あわれヒロインはいじめの対象になる。
「あら、何か御用? ここは庶民の来るところではなくってよ?」
ある日、爪を噛んでいた女生徒と仲間が、バラ園の隅にヒロインの鞄を隠していた。
ああ、あったあった。両親が家財を売ってまで揃えてくれた教科書や筆記用具、大事なすべてが入った鞄がなくなり、ヒロインは目撃証言を集めてここにやってくるのだ。
「お願いします。大事な鞄が、ここにあるかも知れないんです」
ヒロインは上履きも履いていない。今回が初めてのいじめではないのだ。
改めて見ると、ヒロインは目がくりっとしていて、身長は低く、リスのような可愛さと愛嬌のある美少女だ。なるほど、万人受けするヒロイン像とは直に見るとなかなかだ。
「ダメよ。どうしてもって言うなら、それなりの態度があるでしょう?」
「態度?」
「あなた、庶民の分際で、貴族と対等の高さで話すの? 土下座しなさい」
私は、バラ園の入り口で、しばらく成り行きを見ていた。
攻略対象の誰かが来ればそれでいい。そう思って隠れていたのだけれど、誰一人来ない。来る気配もない。精霊で学院内を探すと……どいつもこいつも向かってない。
「早くなさい!」
「……わかりました。どうか、鞄を」
「頭が高いっての!」
ああ、仕方ない。
「なんの騒ぎかしら?」
私がバラ園の中に入っていくと、場がざわめいた。
膝を芝生につけたままのヒロインを一瞥し、いじめていた女生徒を見下ろす。私の身長が高いから、自然とそうなるのだけれど、女生徒は威圧感を覚えたようだった。
「あ、あの、セレン様、この庶民が、あまりに無作法で……」
「わたくしに二度、同じことを言わせたいのね」
女生徒の肩に手をかけて、優しく引き寄せる。
「いいのよ。わたくしのためにやったのでしょう。可愛いわ。でも、わたくし、せっかく言ったのに無視をされてしまって、とても傷ついたの。あなた、どうすればよいと思う?」
「どう、すれば……」
「他の皆さんにもわかるように、言ってご覧なさい。わたくしの言葉を無視したら、どうなるべきなのか。どうすれば――あなたと、あなたのご家族が、無事でいられるのか」
……我が事ながら、原作でも、こんなに性格悪かったかな。
ともあれ、女生徒はすがるように泣いて謝り出した。ひとしきり泣かせてから優しく声をかけるという、反社会的な行動をとりながら、ようやくヒロインに向き直る。
「ごきげんよう――ご迷惑をおかけしたようね」
「ご、ごきげんよう、セレン様」
「誤解しないでね。彼女たちが悪いわけではないの。わたくしがよくなかったのよ」
鞄を持ってこさせると、それをヒロインの目の前で、
「もっと早く、こうしてあげるべきだった」
闇の魔法で消し去った。まるで、最初からそんなものはなかったかのように消え失せる。ヒロインはしばらく呆然とし、そして、大切なものが失われたということを理解すると、ぼろぼろと涙を流し始めた。
「あなたが学院を続けるのは自由だわ。でも、それで失うものも、あるのではないかしら」
おや? と思った。
これは、なんか見たことのあるルートだぞ、と。
「わかっていないようね、来なさい。身の程というものを教えてあげる」
引きずるようにしてバラ園から移動し、空き教室でヒロインの鞄を渡す。
そうだ、悪役令嬢の攻略ルートだ。どうしても反感を買うヒロインを、周りのいじめから守るために、自分がいじめる振りをしてフォローするという……面倒臭いな悪役令嬢!
「……え? この鞄」
「あなたね、周りの目もあるのだから、自重しなさい」
「あ、あの、これって」
「自重しなさい。いいわね」
私が見下ろして言うと、ヒロインは泣きはらした赤い目をぱちくりさせながら、頷いた。
「ごきげんよう」
や、まだ、ルート修正できるし。
そう思いながらも、去り際、ヒロインがぽーっとした表情で私を見ていたのを思い返すと、嫌な予感がした。その予感は果たして、斜め上の方向で果たされるのであった。
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