第3話 悪役令嬢ルートに入ってくるプレイヤーがうざ可愛い

「調子に乗るの、およしになったら?」


 天鵞絨ビロードのドレスは、シャンデリアの明かりを滑らかに返していた。

 場内が静まり返る。それも当然でしょう。皇太子の頬を叩いたのだから。


「なんてことを!」


 美形。


「公爵令嬢といえど、このような!」


 美形。美形。美形。


 そのパーティ会場は、うんざりするほどに美男子が集まっていた。

壁の花まで美しい。ゲームの世界というのは……いえ、女性向けゲームの世界というのは、かくも容姿に厳しいものか。嬉しい悲鳴ではあるけれど、嬉しくない。


私のものには、ならない花だからだ。


「もはや我慢ならん。今宵、この会場にて、貴様を断罪する!」


 皇太子フレデリック三世。波打つ金色の髪に青い瞳、非の打ちどころがなく、自信に満ちた容姿は俺様系の王子様……と説明書に書いてあった気がする。


 剣の柄にフレデリックは手をかける。しかし、刃のついた剣など会場に持ち込めるわけがない。――わけがないけれど、持ち込めているのがゲームたる所以だ。


 それでいい。


 構わない。魔法のある世界で、現実的などという言葉は無意味。荒唐無稽でいい。無駄に学生風情が世界規模の能力や財力や権力を持っていたりしろ。国家の暗部に関わりが有ったりしろ。眼鏡キャラは眼鏡を持ち上げるポーズでスチルになれ。


 眼鏡キャラはシャワーを浴びたとしても眼鏡を外すな。


「どうぞ、お出来になるのなら」


 悪役令嬢は、魔法の実力においても飛びぬけていた。


 公爵家令嬢セレン・O・グレイブヤード。

 建国時から存在する、皇家の墓守の家系である。墓守とはいうものの、儀式典礼全般を扱い、言ってしまえば教皇のような立場だ。時に皇帝を凌ぐとまで言われる権力と財力を持ち、しかも、代々長子は、この国で唯一、闇の精霊を扱うことができる。


 この世界にセレンとして生まれ変わり、私は、


(いや主人公じゃないの?)


と最初は思ったけれど、設定を見返して思った。


(これ……無敵では?)


 ゲームにおいて、悪役令嬢は実質的なラスボス。

 RPGパートで王子たちと協力して戦うため、設定的に盛られまくっている。正直、断罪とかされたところで、没落なんかしない。原作では卒業試験中に『魔力の暴走』で戦うことになり、皇太子との婚姻は破断。蟄居を命じられた、となるが、むしろ、それでいい。


(どうせ、悪役令嬢は誰とも結ばれないんだから)


 たしか、どのエンディングでも、そんなモノローグが出ていた。


 家は弟が継ぐ。後は、余生を悠々と過ごす。結果の変わらないことに必死になっても、意味はない。ただ自分が傷つくだけだ。今回は、この世界では、私は勝手に生きるんだ。


 ゲームのパートは、さっさと終わらせるに限る……。


「お待ちくださいっ!」


 皇太子と悪役令嬢が向き合い、一触即発のパーティ会場。

 そこにヒロインは飛び込み、悪役令嬢と向き合う。いじめられ続け、一方的にやられる側だった主人公が、初めて悪役令嬢と向き合い、卒業試験での決着を提案する。


「庶民風情が口を挟むことをお許しください。殿下にあのように仰っていただいたこと、身に余る思いです。しかし、これだけは言わせていただきます」


 白百合のような少女だった。栗色の癖っ毛をしたヒロインは、この時初めて、制服ではなくドレス姿で登場する。真っすぐに悪役令嬢と皇太子の間へ突き進む。


次のセリフは『セレン様!』


「殿下!」


 ――ん? 聞き間違いかな。

 次は『わたしは傷つけられても構いません。しかし、私の大切な方々まで傷つけるのであれば』。だったと思うけれど。


「わたしは傷つけられても構いません。もし殿下がお姉さまを断罪するというのなら」


 お姉さま?


「わたしを先にお斬りください!」


 ヒアデス魔法学院。パーティ会場として使用されていた大広間は、歓談の声も料理を取る音もなく、全員が頭に疑問を浮かべたまま、しんと静まり返った。


 私は思った。なんで?

 恐らく、皇太子たちも思った。なんで? と。

 誰かが口に出した。


「なんで?」


 ヒロインだけが、鼻を鳴らして王子と悪役令嬢の間に立っていた。

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