第2話 怪物《デュラハン》でも正義の味方を目指していいですか
3
――慣性というものがある。
長大な剣を振り回せば、当然、この働きは大きくなる。警察学校で剣道を学んだとき、振るときよりも止める時に力と技術が必要になると学んだ。
必要な筋力は長さや重さで異なるが、刃渡り2メートルを超える両刃の剣となれば、もし振ることができても止めることは不可能だ。
筋肉は千切れるだろうし、骨は折れるだろう。
人間であれば。
「がっ、ああ……!」
風車のように刃が回る。迫る触腕の群れを、一撃で粉砕。
その勢いのまま、刃は黄衣の王の首元へ迫る。
横に薙ぐ巨大な首切り包丁は、しかし、ぬらりと黄衣の王が形を変えたことで空を切った。
人間ならば、大剣を連続で振り回すことはできない。
人間ならば、首の位置を変えることで避けることはできない。
それは俺も同じこと。触腕が鎧に張り付き、四肢を絡めとって、昔のアクションフィギュアのように身体をあらぬ方向へ捻じ曲げる。が、俺には痛みさえない。
形を変え、武器を振り、貫き、貫かれ。
歪んだ鎧をまとう青い炎と、汚れたローブをまとう触腕の塊。
それは常軌を逸した、異形の化け物の応酬だった。触腕の一つが振られるだけで真空波が発生し、大理石を切り裂く。玉座の間は壁となく天井となく崩れてゆき、砕けたステンドグラスが虹色の雪のように、欠片となって降り注いだ。
(ああ、きれいだな……)
ふいに、気が抜けた。
触腕が降ってくる瓦礫を掴み、俺へと投げつける。一つ避け、二つ避け、三つ目で足が瓦礫で潰される。そこへ、役割の失せた太い石柱が襲い掛かり――
「バカ!」
腕を引かれる。気づけば、身体が宙を浮いていた。
「ナルシャットか」
「行っちゃダメと言ったのに、どうして、こんなことになっているのよぅ」
赤い長髪に露出の多い衣装。
『――だからね、あたしたち、組めると思うの』
城郭都市で、知性を持っている魔物は少ない。
ある夜、ナルシャットは俺の前に降ってきた。
『昼はあなたが殺してぇ、夜はあたしが襲うの。効率的に人間を食べられると思わない?』
『お前は人間を襲うのか』
『もちろん。わたしたちはそうやって生きているのだもの。わかっているのでしょう?』
『なにを』
『人間を食べないままだとぉ――いずれ死んでしまうって』
この世界に転生してから、俺は一度も人間から
『なんのために、そんなことをしているの?』
低級淫魔は人間の集まる所に、夜、訪れる習性がある。
蜜を吸うカブトムシのようだが、そのせいで、人の拠点を眠ることなく守り続けている俺と、何度となく会った。ナルシャットはすぐに、戦って勝つのを諦め、俺を見つけたら適当に話をして帰るようになった。
『あなたは、こちら側なの。ネズミが猫になれないように、猫はネズミになれない。人間はあなたを受け入れないわ。こんなことを続けても、あなたは損をするだけなのよ?』
ナルシャットは、幾度となく、俺へ手を差し伸べた。
『――昔、特撮を見ていたんだ』
『トクサツ?』
『恋人が改造されて、戦いを迫られる。正義の味方なんて、誰にも知られない。褒められない。お金にもならない。それでも、正義の味方は、正義のために、恋人を殺したんだ』
『なにそれぇ。笑い話?』
けらけらとナルシャットは笑う。
『損得じゃないんだ。施設の子供たちは、俺は、そんな正義の味方に、救われた』
『でもぉ、あなたは首無騎士デュラハンよ』
階下で、俺を呼ぶ王女様の声が聞こえた。
『それでも俺は、正義の味方が好きだ』
俺はナルシャットの手を取ることはなかった。一度も人間から
『それ以上は、ダメよ。行っちゃ、ダメ』
それでも、黄衣の王を止めなくてはならなかった。
「あそこへ、下ろしてくれ」
玉座の間は、瓦礫と、広がっていく触腕で溢れていた。
半ば砕けた石柱を指さすと、ナルシャットは何か言いたげに口を開く。そのまま目線をそらし、黙って言うとおりにした。石柱に足をかけ、玉座の間を見下ろしながら言う。
「ナルシャット、もう一つ、頼む」
「はいはい、なにかしら?」
「このペンダントを、誰にも見つからないようにしてくれ」
王女様からもらったペンダントを、ナルシャットに手渡した。
「――あなた、どういうつもり?」
「なあに」
柱に突き刺さっていた大剣を引き抜き、肩に構えた。
「正義の味方は、時に、辛いもんだ」
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