第2話 怪物《デュラハン》でも正義の味方を目指していいですか

「――化け物」


 目覚めたとき、大柄な騎士が、近くで死んでいた。


 助けを呼ぶ声を聞き、俺は、その鎧を奪って、声の元に駆け付けた。ゲームのような世界。魔物が街に溢れかえり、そこかしこで人間を襲っていた。


「……だれ?」

「正義の、味方だ」


 兵士が殺され、親が殺され、食われようとしていた子供を助けた。拳で殴るだけで、巨大なオーガの腹がえぐれ、紫色の血が辺りに飛び散る。あり得なかった。そう、そんなものは、人間にできることではない。人間では、あり得ない。


 あっさりと魔物の群れを退け、向き直ると、


「――化け物」


 子供は恐怖に顔をひきつらせながら、僕を見ていた。


(化け物? どこに?)


 紫色の血だまりに、自分の姿が映る。それは鎧をまとい、返り血に濡れた、の姿だった。子供は間違っていなかった。俺は、化け物に生まれ変わったのだ。


 その場から、逃げ出した。


 俺が魔物に生まれ変わったその場所は、城郭都市のようだった。城の周囲を街並みが囲み、その周囲を城壁が囲み、その周囲を掘が囲んでいる。テレビでカルカソンヌという城郭都市を見たことがあったが、あのフランスの世界遺産に似ていた。


 奇妙なことに、城門は、どこも開いていない。


 俺は顔を覆い隠すように、フルフェイスの兜を被った。幸い、全身を鎧で覆い隠せば、人間に見えなくもない。首さえあれば、は、ただの騎士だった。


「ありがとう」


 戦った。


「ありがとう」


 戦った。戦った。


 助けを求める声を聞けば、必ず、そこへ向かった。

 この城郭都市は、すでに滅びを迎えようとしていた。生き残った市民たちは都市の一区画に集まり、抵抗を試みてはいたが、魔物の数が多すぎる。日々、増え続けていた。


「……あなたは?」


 周辺都市からの援軍が、なかったわけではない。


 しかし、もともと難攻不落の城郭都市。攻めるのは難しい上、魔物は空から自由に襲い掛かってくる。壊滅的な打撃を受け、援軍部隊は撤退していった。


「その鎧、お前、オーウェンか?」

「どなた?」

「私の幼馴染です、殿下。以前は共に宮仕えをしておりました」


 ある時、わずかな供回りを連れて、王女様が城郭都市に入ってきた。


 抜け道から侵入してきたようだが、案の定、魔物に襲われ、そこに俺が間に合った。ただ、問題がある。着込んでいる鎧の持ち主を、供回りの女騎士が知っていたのだ。


「オーウェン、兜を取って姫殿下に挨拶をしろ」


 女騎士の言葉を、俺は、無視するしかなかった。


「おい、無視するな」

「……いまもどこかで、民が襲われている」

「だからと言って!」


 なおも突っかかってくる女騎士を、王女は制した。


「オーウェン、でよいのですね」

「……はい」

「助けてくれて、ありがとう」


 王女様は、市民たちにすこぶる人気があった。


 淡い紫色の髪を結い上げ、同じ色合いの品のあるドレスの上に、軽装鎧を身に着けている。大きな目は意思的で力強く、見ていると(目で見ていないのに)目をそらしそうになる。


「オーウェン、これを」


 王女様が来てから、俺は彼女のもとで戦い続けた。


 馬鹿なことだと思う。自分が魔物であることが、気づかれやすくなる。


ただ、王女様は、死んではいけない人間だと思った。俺は魔物を殺すことしかできないけれど、王女様は、人を明るくし、やる気を出させ、導くことができる。


「ペンダント、ですか?」

「あなたには、頼り切りで申し訳なく思っています。せめて」

「俺には……」

「貰ってください。わたくしには、ほかに差し上げるものもないのですから」


 緑色の大きな石がはまった、綺麗なペンダントだった。


「オーウェン、お願いします」

「……は」

「お父様を、どうか、救ってください」


 王女様は美しかった。ひたむきに父を思い、国のために生きていた。


 その白い、絹のような頬に、触れそうになる。すぐに手を引っ込めた。忘れてはいけない。この宝に触れることは許されない。王女と騎士だからではない。


 人と化け物だからだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る