第1話 電車にひかれたけど、チート能力で天下を取る。
3
「旦那さま!」
腰を抱かれ、車にでも
「マヌルか!」
「天変地異です! 地震に洪水です! 急いで砦へ!」
灰銀色の髪と、耳と尻尾。
北方出身者は、毛が薄いと言う。マヌルもその例に違わず、耳と尻尾が生えている以外は、ほとんど人間と変わらない外見をしていた。それは、このドリームランドにおいて、差別の対象であったことも意味している。
『僕が買う』
マヌルと会った時、彼女はオークションに出されていた。
毛の薄さを誤魔化すように長い灰銀色の髪、耳と尻尾は毛並みが良かったが、人間と変わらない顔、身体は嘲笑の対象でさえあった。
それは、他を引き立てるための見せしめのようでもあった。醜さを、ひとくさり笑いものにして、場を温めるためだけに連れてこられたように見えた。
『百両だろう。僕が買う』
値は百両。ふざけた金額だ。
買うものなどいるはずもなかったが、僕は買った。べつに、金などスキルでいくらでも増やせる。このオークションの醜悪さが我慢ならなかっただけである。
『毛無し同士お似合いだ』
陰口を言う者もいたが、相手にしなかった。
『あの、どうして……』
マヌルは、日本の基準で言えば、美少女と言ってよかった。
くりっとした猫目は愛嬌があり、小首をかしげて見上げる仕草は、不安げな猫のようでもあった。すらりとしたネコ科のスタイルながら、一か所だけ、哺乳類であることを重そうに示している部分があった。
『くいものにされているのが、見ていられなかっただけだ』
『私、どうしたら……』
『好きにすればいいよ。僕は、やりたいことをやっただけだ』
オークションの会場から離れていくと、その後をマヌルはついてきた。
『ついてこなくていい。自由にすればいい』
『でも』
『親類縁者はないのか。北方に送る必要があるか』
『……私たちの部族は、常に移動しています。同じ場所へ帰ったところで』
マヌルは布切れ一枚だった。周囲の目も気になり、僕は寒さをしのぐためにかけていた毛皮を、マヌルに被せた。マヌルは、青い目で僕を見つめ返した。
『行く当てがないなら、ついてくればいい』
それから、マヌルは僕の従者として、士官前も後も変わりなくついてきた。
北方出身者は馬の扱いに長けており、基本的な身体能力も高い。世間で北方出身者が嫌われているのは、野戦での恐ろしさが身に染みているからかもしれない。
『旦那さま』
マヌルは僕をそう呼んだ。
僕の指示ならば、どんなことも嫌な顔一つせずこなしてきた。共に戦場を駆け、差別される苦しさも、官位を駆け上がる喜びも分け合ってきた。従者であり、友であり……。
「やつが、来る」
マヌルに抱えられたまま、僕は彼方を見ていた。
金色の目をした魔女が、箒に乗って追ってくる。機械的な形状からすると、戦闘機とサポートAIという表現のほうが近いようにも感じる。
「やつ? いったい、なにを」
「見えないのか、あの金色の目が」
「金色の、ですか?」
僕の見ている方へマヌルは目を凝らす。彼女の視力は人間をはるかに超えており、100メートル先で動くものも見分ける。しかし、このときは、
「見えません。一体、どこにいるのですか?」
魔女の姿を、マヌルは見ることができなかった。
スキルと同じだ。認識ができていない。存在しないことになっている。
「――そうか」
地平線に日が落ちてゆく。残照が空を赤く染め、近づいてくる魔女をほのかに浮かび上がらせていた。僕はマヌルに頼み、
「マヌル、僕は、人と言うものを信じてこなかった」
あたりが暗くなっていく。マヌルを見る。あのときの毛皮をつけていた。
「くう側とくわれる側。しょせん、それしかない。利用することしか考えてこなかった。それが正しいと、賢い生き方だと信じてきた」
「だから、こんなことを言う義理ではない。が、頼む。僕を信じてくれ」
それならば、あの魔女を、存在しえないものを、この世界に存在するものとして定義し直すことで、マヌルにも見える存在に、スキルの対象に改竄することが出来るのではないか。
ただ、僕一人では、どうにもならない。
「頼むだなんて」
マヌルは猫目を細めて、微笑んだ。
「お命じ下さい、旦那さま。マヌルは、あなたのものですから」
目を細めたまま、唇を突き出す。日が暮れ、冷えた空気の中、呼気が湯気のように細くあがった。一時、マヌルの湯気と、まじり合う。干し草の香りがした。初めてだった。
魔女が、箒を構えていた。
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