第40話 偽りの終着点

それは――村雨も見たことのある女で――。


「――――――」


その髪も。その匂いも。昼間。あの時。感じたもので――。


「――村雨ちゃん。だよね?」




「服は借りていい、海琴さん?」

「いいですよ。サイズ合いますかね」

「みことぉ、お前最近太って――ぐぉっ!?」


話し始めた瞬間を狙った見事な鉄拳。技は代々受け継がれていく仕様らしい。



2人で寝室へと向かう。


「2人共、元気になって良かったですね」

「そうねぇ……」

「ツンデレはやめたんですか?」

「そういう言い方やめなさいよ。ババアのツンデレなんて誰も得しないでしょ?」

「ははは、そうですね」

「……貴女も生意気になったわね」


なんてことの無い会話。――油断していた。してしまっていたのだ。今の状況を――忘れてしまっていたのだ。



――ガタッ。


寝室で物音がした。おそらく村雨だろう。2人はそう思って寝室へ入った。






女がいた。女は村雨を地面に押し倒して首を絞めている。片方の手には見覚えのある鎌が――。



――振り下ろされる前に菫が村雨を覆うようにしてかばった。背中に鎌が突き刺さる。


「ぐぅ――!?」


同時に女を突き飛ばす萩花。



――異常に気がついた4人が遅れて走ってきた。


「――――」


状況を把握はあく。――した瞬間に怒りが込み上げてきた。今までかけられてきたストレス。そして――村雨と母親にまで手を出された。


その怒りに従うがまま、立ち上がろうとする女の顔面を蹴飛ばした。



怯みながらもまだ鎌を持とうとする女。官寺と陸はそんな女を取り押さえた。


「警察と救急車を!」


海琴はすぐに固定電話まで走った。



「ぐ……っう……」

「うぁぁぁぁん!!ママァァァ!!」


泣きじゃくる村雨。痛みにうめく菫。救急箱からガーゼを取り出して背中を押さえる萩花。


混沌こんとんとしていた部屋の中で。――喜久はようやく女の正体を知った。


「――祐希ちゃん?」

「お前……知ってるのか?」

「……知り合いだ」


女――雨宮は言葉にならない言葉を叫び続けていた。節々に『殺してやる』やら『ふざけるな』やら恨みぶしが聞こえてくる。


「お前っ……お前のせいで――」

「おい。お前は冷静になれ。俺らが押さえてるから村雨の所へ」

「……分かった」


雨宮に背中を見せる――その時。ほとんど聞き取れなかった雨宮の言葉の中で。たった一つ。全員がその言葉を聞き取った。


「――――お前らは絶対に呪ってやる!!呪い殺してやる!!」




数分後。警察が到着。雨宮は連行されていった。その間も暴れ続け、警察の車をへこませたらしい。


菫と村雨もすぐに救急車で運ばれていった。ついて行ったのは官寺と海琴。残りは事情を聞くために警察署へと向かった。


「――典型的なストーカーでしょうね」

「ストーカー……ですか」

「フられた腹いせに嫌がらせ。よくあることです。ただ今回はやりすぎでしたね」


刑事の声は喜久をあおっているかのようだった。しかし怒る気力はすでになくなっている。


「まぁ安心してください。しばらくは刑務所から出てこないでしょう」

「そうですか……」

「――ですが。気おつけてください。必ず娑婆シャバに出てきます。引っ越しを検討された方がいいでしょう」

「そんな……せめて費用はあっち持ちとかにはならないんですか?」

「難しいでしょうね」


あまりにも理不尽。だが刑事の言う通り、いずれは出てくる。ずっとあの家に住み続けるなんてことはできない。


(……なんでこんなことに)


しかし誰も死ななかった。最悪の事態だって起こる可能性は十分にあった。それが防げただけでも『運が良かった』と考えるべきだろう。




――病院で喜久はそんなことを話した。


「ま……そうね。私も自分が案外しぶといってことを知れたし。いい方向に考えましょ」

「それはポジティブすぎるだろ」


村雨は一応無傷。だが念の為に一日は入院するらしい。菫は三針ほどうだけにとどまった。


「……すまん母さん。俺のせいで」

「あんたはむしろフったんだろう。なら悪くない。浮気でもしてたんならぶん殴ってたけどね」

「するわけないだろ。俺は海琴と村雨一筋だ」

「それは一筋って言わないんじゃないか?」



村雨は眠れていないようだった。まだ怯えているようで海琴の腕を離さない。


「パパ……」

「大丈夫か?」


でる喜久の腕にも抱きつく。


「怖かったな……もう大丈夫だ。全部終わったんだ」

「……本当?」

「本当よ。もう怖いことなんてないのよ」

「……うん」


そのはずだ。喜久と海琴は心の中で何度も言葉を繰り返した。

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