第31話 バカは死んでも治らない

ボトッと。貴大の腕が落ちた。


「――――――え」

「マジか――――!?」


瞬間。全員の目と鼻と口から血があふれ出てくる。


「ぐぉ、ぐぅぅ、ぉぉ――」


視界が黒から赤へと塗り変わってゆく。呼吸器にふたでもされたかのように息がしずらい。


骨がきしむ。筋肉が泣きわめく。痛みと苦しみにのたうち回る5人の目に映ったのは――。



――軽蔑けいべつと怒りの眼差しで立ち尽くす女の姿であった。


は。


汚い髪の毛。目をふさぐような前髪からのぞく視線。あらゆる負の感情がまとわりついているかのような感覚。


はははは。


女は生きているかのように歩を進める。向かう先はもちろん時雨。いまだ眠っている時雨に向かってスキップをするかのように歩く。


あははははははははははははは。


動かない。動けない。痛みが。恐怖が。体が。脳が『動くな』と命令する。全ての細胞が『逃げ』を選択する。


あはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは。


呪いと憎悪と怒りの塊は――眠っている時雨にゆっくりと手を伸ばした――。




あ――――。




祭松が動いた。時雨をつかんで――――。


「――――――――――――」


――電気のようなが5人の脳にけ巡った。走馬灯?――違う。これは時雨の――。


「――――逃げろ!!」


喉から血を吹き出しながら叫んだ。


「――そうだ逃げろ貴大!!」

「あの部屋に向かえ!!その子を殺すな!!」


困惑――しない。貴大はうなずきもせずに時雨を抱えて走った。


別に貴大は命を捨てる覚悟を持って除霊に挑んだわけではない。あくまでも普通の人間。傷ができれば痛い。腕が取れたなら尚更なおさらだ。痛みにもだえてうずくまるのが普通であり当然。


しかし動いた。痛みはある。だが走った。なぜ――時雨の命を守るために他ならない。


他人の命を守るためにこの場にいる全員が動いている。その理由は――記憶に流れ込んできた時雨のであった。



「この薄汚い悪霊が……!!」


貴大の背中から目を逸らし、悪霊の前に立ちふさがる。


「勝てるとは思わんが――せめて苦しみくらいは味わってもらうぞ――!!」


5人は悪霊に立ち向かった。命を捨てて、命を守るために――。






「どうも」


女がいた。綺麗で美しくて。あの写真で見たような――その姿は生前の雨宮祐希そのものであった。


「私の事は分かるでしょ?」

「……」


服装は白いワンピース。髪はセミロング。背は160ほどか。八重を見上げる程度しかない。


「お前っ――――!!」


八重がつかみかかる――が、空気のように雨宮の体は透けた。


「っ!お前のせいで時雨は――!!」

「待って。話をする機会もなかったでしょ?ちょっと聞いてってよ」


雨宮は地面に座った。


「私ね……子供がいたの」

「――は?」

「そのまんま。喜久さんとの子がいたのよ。ま、結局まともな状態をこの目で見ることは無かったけど」


――興味深い話題に八重も腰を下ろした。


「不倫か?」

「そうよ。私も分かってた。あの人に妻と娘がいることを。だけど……私もあの人のことが好きで……」

「……フラれたようだな」

「妊娠していることを伝えたら『ろせ』って言われて。拒否したら殴られた……だから……だから私は……!!」

「……」

「あとは知っての通りよ。ストーカーして。気味悪がられて。警察に捕まっちゃって。……死んだわ」


遠い目を。悲しい目を。八重は――うつむきながらその話を聞いていた。


「貴方はかんづいていたようだけど、あれは私じゃないの。悪魔の依代よりしろとして私の憎悪が形となったモノ。昔に黒魔術の本を読んでね。自分でもできるとは思わなかったわ」

「そうか」

「……貴方たちには悪いことをしたわね。それに……あの子にも。私だってこんなにも自分の怨念が深いとは予想してなかったの。最低よね……私が恨むべきなのは喜久さんだけなのに。あの子の人生を台無しにしちゃった」

「そうか」

「――お願いがあるの」


八重に迫る。


「あれを消滅させて。生きる意思と強さが貴方にはある。私の読んでた本によると、アレの消し方は――――」

「――――その前に」



雨宮の動きは止まった。


「お前……随分と綺麗だな」

「え……ありがとう?」

「聞いたよ岩尾さんから。美人で真面目で人当たりがよくて……使に仕事熱心。凄いな非の打ち所がない」

「……」


――にらみつける。鋭く。威圧的に。


「その話が本当なら――なぁ、お前。?」






――雨宮は醜悪しゅうあくな笑みを浮かべた。


「気がつくのが遅せぇよバーカ」

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