第30話 半妙陀羅
本堂は闇に包まれていた。唯一ある光源は
本堂へとやってきた貴大は言われるまでもなく時雨を布団へ寝かせた。頭の部分は枕のようになっているが、とても硬そう。お世辞にも寝心地が良いとは言えないだろう。
朱美らは服を着替えていた。巫女装束のような。
時雨が寝かされると同時に周りにいた5人は囲むように正座した。続いて貴大も時雨の近くに座る。
1秒ほどの静寂。その後に祭松が両手を
「これより
続いて4人も言葉を反復する。
「「「「
隣に置いてある器に入った塩をひとつまみ。額に
反対側にある小さな小枝。そしてどこにでもありそうな石。枝を指で
「がくずれ」
「ごきじろ」
「しんに」
「
「なんいん」
「さりおうて」
「かんかん」
「りょうめん」
「さゆりて」
「底へと」
意味不明な単語を無機質な声で続ける。練習などしている様子はなかった。だが双子が同じ言葉を同時に言うかのごとく。一切の止まりを見せず言葉は
「リアル」
「
「あたりて」
「シラヌイテ」
「るおうに」
「な」
「パンドラ」
「空いた」
「開けた」
「明けて」
「見えた」
暗くなった部屋で続く言葉は淡々と続く。闇は強く。光は消えてゆく――気がした。
「しゎぁた」
「ミロ」
「け。よ」
「
「名を」
「込めよ」
「うつしよ」
「
「にて」
「会おうぞ」
「去ろうぞ」
炎が小さく。小さく。風が吹けば消えそうなほどに。
物音がした。――誰も気にしない。
塩が弾け飛んだ。――見向きすらしない。
――バン。
赤黒い血はシミとなって広がる。
――バン。
響く音は声より小さく。
――バン。
それはどす黒く染まり。
バンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバン。
――ドン。と完成した。
血の池から現れる手は血管が浮かび上がっている。祭松らが持っている小枝のような腕は女の上体を支え。抜き出した脚は床を踏みしめる。
――そこに女は立っていた。海月の時のような怒りの表情で。
しかし誰も目にしない。だがそこに居るのは分かった。だから――朱美はほくそ笑む。
出おったな、と。
わざわざ出てきたのは怖がらせるためか。恐怖させるためか。――違うのだ。追い詰められているのだ。地獄へと。地の底へと。無限に続く苦しみの場所へと落とされようとしているのだ。
だから女は怒る。だから女は焦る。だから出てきた。だからせめて。呪いに呪っている女の方へと手を伸ばした――。
――しかし指は初めから存在しなかったかのように消滅する。
「生を」
「殺す」
「
「裂傷を」
「我が手を」
「逃げられない」
「我が目を」
「いない」
女の体に血管が浮かび上がった。ブルーベリーのように蒼くなった血管。――女は苦しみ出した。
体はドロドロとアイスクリームみたいに溶けてゆく。顔、体、髪、手、脚。溶けた顔から目玉が落ちた。
「
「死よ」
「
「
「学び」
「従え」
声にならない
血涙は溶けきった
「許しなどなく」
「報復を」
「信頼など消え」
「裏切りを」
「希望は
「光は」
「
「現世にへばりつく死者よ」
伸ばしても――伸ばしても――女の手は届かず。肉は溶けて骨となり。骨も薄氷のように割れて
「
――全員が立ち上がった。
女の体は風前の灯火。さっきまでの
その体に恐怖を感じる要素はなく。ただ弱く。
「「「「
「「「「
「「「「――――――奈落へと」」」」
――――消えた。女は消え去った。溶けた体も闇に沈み。残った物は何も無く。
「……」
「終わっ――――」
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