第25話 いらないもの

――4人が話し合っている間、中では着々と準備が進められていた。


「布団に寝っ転がっテテ」

「はい……」


使い古された布団に寝転がる時雨。その体はガチガチに固まっていた。そんな時雨の周りに塩と黒い真珠しんじゅのような物を置いていく。


「リラックスしていいんだヨ」

「は、はい。リラックスですね」


……まだガチガチだ。当然と言えば当然。全く知らない人様の家でリラックスなんて普通はできない。


「手伝うヨ」


海月が片膝かたひざを着いた。


「まず目をつむって」


言葉は優しく。無意識に時雨は目をつむった。


「息を吸う時は『1』吐く時は『2』と考えるんダ。それ以外は考えなイ」


これは催眠術さいみんじゅつの一種。眠れない時にこれをするとすぐに眠ることができる。


「はい吸っテ……吐いテ」

「――――」

「そう。そのまマ――」



――時間にして3分ほど。あれだけ緊張していた時雨は穏やかな眠りについた。


「これでよシ」


眠りを見届けた海月はすぐさま準備を再開する。


ガラスのコップに水を入れて四方を囲む。

濡れたタオルで時雨の目を覆う。

塩水をおけに入れる。


――これで準備は完了。眠っている時雨の隣に正座した。


「さテ――始めるか」



塩水を自分のほほに塗り込む。手にかける。そして時雨の額に手のひらを乗せた。


「マニファタラニ――――フタナカワシュマラ――」


よく聞き取れない。外国語か。だが日本語のようにも聞こえる。そんな言葉をブツブツとつぶやき始めた。


手は動かず。脚も動かさず。ふざけた服装とは真逆の真剣な顔をしたまま。集中しきった表情で時雨を見つめながら言葉を繋ぐ。



1分か。それとも2分か。――コップに入れていた水が勝手に動き始めた。


用意していた塩の山はサラサラと崩れ、置いていた真珠しんじゅは勝手に転がり出す。


「――――」


周りで起こる異変には一切目もくれず。ただひたすら言葉をつむぎ続ける。



――テレビが勝手に付いた。

――電気が勝手に点滅てんめつした。

――風もないのに紙が舞い上がった。



異常。これは光の家や八重の家でも起こった現象だ。ということはつまり――幽霊が近くまで来ているということ。



――ポタポタと。雨漏あまもれか。――否。これはである。


天井から染み落ちてきた血が床に血溜まりを作り出す。広く広く。海月の脚にまで触れるくらいに――。



それは――音もなく出てきた。肩にかかるセミロング。細い体。まるで闇のようにどす黒い殺意。――あの女だ。


今までと違うことが一点。女は――怒っていた。笑っていた今までとは違って怒っていた。目尻を釣りあげ、歯を食いしばり、鬼のような形相ぎょうそうにらみつけている。


このタイミングで初めて海月が時雨から目を離した。目線の先は――怒りに満ちている様相の幽霊――――。






――泣いていた。少女が泣いていた。まだ幼い――本当に幼い赤ん坊を抱きながら。


(これは――)


海月は外にいた。雨に打たれながら。水たまりに足を漬けながら。おのれの脚で確実にそこに立っていた。


さっきまでは室内に居た。時間は15時直前くらいだった。なのに今は外にいて。しかも真夜中になっている。八重が時雨の祖父母の家で体験した時と同じ現象だ。


(……この子の過去か)


ただ違う点は――自身が『見ている』のではなく『その場にいる』というところだ。



少女と赤ん坊はどちらも泣いていた。暗い夜道を2人きり。雨に打たれて濡れながら。ほほで涙と雨水が混ざり合う。


「うわぁぁん!!パパァァ!!誰かぁぁ!!」

「オンギャァァ!!」


泣いて。泣いて。泣きわめいて。それでも足は止めず。しかし声は雨の音にかき消されてゆく。


「ママが……ママを……時雨を……助けて……誰かぁ……」


消えてゆく体温。落ちていく体。まだ幼い体では赤ん坊を抱き続けていくのは難しい。


しかしどうすることもできない。周りには誰一人おらず。夜中に出歩いている者など滅多めったに居ない。しかも大雨ときた。


実にあわれで。実にあわれで。悲しくて。思わず海月が脚を踏み出す――。



「そうカ……これは――」



――は立っていた。海月の後ろに。雨は彼女を通り過ぎて地面に落ちていく。



「罠……カ。俺も油断してしまっタ」



覚悟を。力を。極める。



「だが予防策は取ってあル。俺が死んでもなんとかなるカ」



拳を――にぎりしめ――。



「ナァ――悪霊――――」



後ろを振り返った――。

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