第26話 闇に沈むかのように

部屋の中からドタバタと物が落ちる音が聞こえてきた。


「大丈夫かこれ……」

「入ってみるか?」

「いやでも――」



――ドアが開いた。


「あ、おい大丈夫か――――」


そこに居たのは血塗ちまみれの海月であった。


「ひぃっ――!?」

「どうした!?何があった!?」

「…………」


その手には時雨が。海月は時雨を八重に渡す。


「……こレ」


それと――紙を渡してきた。


「な、なんだよこれ」

「話はつけてあル……そこへ行って事情を話セ。助けてくれるはズだ」

「待てよどういうこと――――」


問い詰めようと1歩踏み出す――だがそれ以上は動かなかった。動けなかった。


部屋の奥。正確に言うなら海月の後ろ。そこからおぞましいが目をのぞかせていたからだ。


いや……もはや何者かは分かっている。だとしても真正面からは間違っても向かい合えない『殺意』をそれは出していた。


「それでイイ。早く行ケ」

「お前……」

「いいから――――」



――扉は勢いよく閉まった。


「……」

「早く行こうぜ八重。なんかやばそうだ……!!」

「……あぁ」


車へ向かって走る。その後ろで――扉から血がにじみ出てきていたのを見たものは誰もいなかった。




運転中の車の中はとても静かであった。時雨はまだ寝ている。光も疲れからか寝ていた。石蕗は起きてこそいるものの、思い詰めた表情で外をながめている。


弦之介も。八重も。全員が精神的に疲れていた。短期間で様々なことが起こりすぎたのだ。


幽霊。時雨の過去。ストーカー女。情報は錯綜さくそうして頭の中を混乱させる。一眠ひとねむりしなけりゃやってられない。



八重は渡された紙の中身を見た。――書かれてあるのは住所。今はそこへと向かっている。


場所を軽く調べて見たところ、そこは『大麻寺』という除霊じょれいを専門とする寺らしい。


海月に比べればマシな方だが……はっきり言って信用はできない。


だがり好みしている暇もない。それに胡散うさん臭そうとも海月が命を懸けて渡してきてくれたのだ。


「弦之介。体調は?」

「問題なっしんぐ」

「悪いな……お前ばかり運転させちゃって」

「運転変わりましょうか?」

「いいですよ。どうせそんな時間もかかんないし」


車は街を超えて山の方へと向かっていく。平日でしかも大雨。そのわりには歩いていた人も数を減らしていき、最終的には1人も見られなくなってきた。


「なんで……こんなことになっちゃったんだろうな」

「さぁ」

「……俺が動かなければ……こんなことにはならなかったかも」

「馬鹿言うな。そうなったら幽霊に殺されて終わりだろ」

「……そうか」

「どうしたよお前らしくない。前向きにいこうぜ。海月あいつだって死んだとは……まぁ……死んだわな」


海月の後ろにあった殺意を弦之介も感じ取っていた。それを見ていて軽々しく『生きている』などとは言えない。


「どれもこれも幽霊のせいだ。お前が責任を感じることはない」

「そうか――」

お前のせい


八重が跳ね起きる。


「どうした」

「……なんでもない」


跳ねた反動で天井に頭をぶつけた。少しの痛みで意識がクリアになる。


「――お、見えてきたんじゃないか?」


――どこにでもあるような寺。古き良き木造建築。門のような場所には目的地である名前の『大麻寺』という文字が。



車を適当な場所に止める。


「起こすか?」

「時雨は寝かせといていいだろ。光は……起こしてくれませんか?」

「分かりました」


目を覚ました光たちは外へと。八重は時雨を抱えようと体を伸ばす。



――ふと時雨の足首が目に入った。家で捻挫ねんざをしていたのでテーピングで固めてある。


(こんな足でよく歩いてたな……)


そう――考えていた時だった。


テーピングの下から黄色いうみが吹き出ているのが見えた。


「――――は?」


すぐに時雨を引き寄せてテーピングをずらす。


そこには――時雨の足首をつかんでいるかのような形のうみができていた。


「――」

「おいどうした――――」


心配して近寄ってきた3人も驚きのあまり固まってしまう。


「な、なにこれ……!!」

「どうする?先に病院連れてくか?」

「……寺へ行こう」

「――お前がそう言うなら分かった」

「ちょっと待って。せめて軟膏なんこうくらいは塗っておこ」


雨は止むことをしらず。雨雲は一層厚くなるばかり。弦之介が傘になるように時雨の足を覆い、その隙に足に軟膏なんこうを塗る。石蕗がちょうどそのタイミングで車から傘を持ってきていた。


八重は――時雨を抱えたまま違うことを考えていた。


『お前のせい』


それが自分に向けられた言葉か。はたまた時雨に向けられた言葉か。今は気にしないことにしておくことにする。

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