第23話 疑惑の車内

「弦之介さんだっけ」

「弦之介でいい。ゲンちゃんでもいいぞ。誰もそう呼んでくれないけど」

「……弦之介は見たの?」

「見たって……幽霊のことか?」

「うん」

「見たぞ」

「じゃあさ……?」

「……話した?」


後部座席を振り返る。


「私の家に出た時……ちょっとだけ幽霊と話ができたの。まぁ話っていうほど長くは喋らなかったけど」

「幽霊と?話が?さっきはそんなこと言ってなかったじゃん」

「時雨の前では言いずらくて」

「……なんの話をしたんだ?」


光は一呼吸置いて話す。


「――殺されたって」

「……誰に」

「時雨に」


言葉が出なかった。もちろん弦之介の頭には沢山たくさんの疑問と反論が出てきていた。しかし――考えはまとまらず口が開かない。


また車は静かになった。ガラスに流れる雨水の道が下へ下へと落ちていく。その光景が家で見た窓ガラスの手形を思い出して――光は目を背けた。



「……幽霊が言ったことだろ」


ようやく出た言葉。それは弦之介が一番最初に思ったことであった。


「うん。それはそうだけど……」

「光ちゃんが信じないでどうするんだ。わけも分からない幽霊の言葉を信じるのか?」

「……」

「今は大変な時なんだ。ちょっと気が抜けてる感じもするが……いつ幽霊が現れるかも分からない。時雨ちゃんだっていつ精神が不安定になるかも分からないんだぞ。俺たちがしっかりしないと」

「……そう……だよね」

「――話していいんですよ」


今まで黙っていた石蕗が口を開いた。


「もう1つ何かあるんでしょう」

「……」

「もう1つ……あるのか?」

「ここには私と弦之介君しかいませんから」


そうしてまた一呼吸。置いてから話し始める。


「昔ね。私と時雨ともう一人。祐希ちゃんって子が友達に居たの」

「「……ん?」」

「ずっと一緒に居た。はずなんだけど……時雨は『そんな子知らない』って。知らないわけないでしょ。確かに私もうろ覚えだよ。でも確かにあるの。3人で居た記憶が」

「……」


少し泣きそうになりながら話す光。2人は話を静かに聞いていた。――互いに目配せをしながら。


「なにか……時雨は私に隠してる。だって幽霊が喋ってた時も無反応だし。喋ってた言葉にも触れないし――」

「落ち着いてください」


泣き出してしまった時雨をなだめる石蕗。


「記憶に残ってるの……時雨が祐希ちゃんを……殺してるとこ」

「――は?こ、殺してるとこ?」

「そう。最近夢に出てきて思い出したの。私はずっと時雨が好きで――祐希ちゃんがねたましくて――それを時雨に見透みすかされてて」

「そんなこと……」

「それでずっと考えて――もしかしたら時雨自身が家族を――――」

「――光さん!」


石蕗が怒鳴った。車が少し揺れる。


「確証はあるんですか?昔の記憶という曖昧あいまいなもの以外で」

「……な、ない……です」

「確たる証拠もないのに思い込むのはいけません。ましてや人を殺したなどというデリケートな話題。根拠こんきょの無い発言で人は殺せるんですよ」

「……ごめんなさい」

「……すみません。私も言いすぎました」


静かになる車内。さすがは教師。怒られていないはずの弦之介もビビってしまった。


だが気まずいのも避けたい。それに――1つ考えていたことがあった。


「ところで光ちゃん」

「なに?」

「その友達って――雨宮あまみや――って苗字じゃなかったかい?」

「あれ?知ってるの?」


雨宮祐希。それは時雨の父親をストーカーしていた女の名前だ。


これは偶然か。同姓どうせい同名どうめいの人物は確かに多い。――だがそんなわけがない。ここまで来て偶然なわけが無い。


「なぁ光ちゃん――――」




――その時。窓ガラスを叩く音が聞こえた。驚いて全員が窓へ顔を向ける。――八重と時雨であった。


胸をで下ろす。鍵を開けるとそそくさと2人が入ってきた。


「ただいまー。雨強くなってきたな」

「おう、おかえり。楽しんできたか?」

「そりゃあもう最高に――」

「だから言わなくていい!」


雨で肌寒くなってきたのにも関わらず、時雨の顔は真っ赤。体温も高くなっているのを隣の光は感じ取った。


「――八重に変なことはされなかった?」

「変なことはしてないよな?はしたけど」

「そりゃだねぇ」

「もう光ちゃんまでー!」


何かを言おうとした口を3人とも閉じた。時雨の前では話せない。話さない。光の心には時雨に対する疑念がまだ残っているからだ。


「とりあえず用は済んだし行こうぜ」

「だな」


車は疑問と疑惑を乗せて走り出した。

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