第22話 英気を養うのだ

「本当に大丈夫なのかアイツ?」

「俺の周りは『すげぇやつ』って言ってたけど」

「信用なんねー」


どこにでもあるチェーン店。八重は回ってくる寿司を全て取る勢いでバクバク食べている。皿の数は30に到達しそうになっていた。


「弦之介君……水お願い……」

「石蕗さん!?石蕗さん!?死ぬなーー!!」

「早く水飲ませてあげなよ」


八重に続いて弦之介も食べ続ける。そして光も。時雨と石蕗はあまり大量には食べられていないようだ。


「でも本当に食べるだけで大丈夫かな?」

「とりあえず言う通りにしとこうよ。とりあえずね」

「実質タダでお寿司食べ放題だもんな」

「食っても身長にはならないぞ?」

「誰がチビだ」

「喧嘩はダメだよ」


石蕗が復活。詰まっていた寿司が喉を通り過ぎた。


「無理しないでくださいね」

「ま、まだ……食べられる……」

「無茶せんといてくださいよ。もう歳でしょ?」

「若い頃はもっと食べれたのに……」


死にかけていた石蕗の背中を時雨は優しくさすっていた。


「時雨ちゃんももっと食べろ〜。今はいっぱい食べても笑わないからさ」

「別に少食アピールしてるわけじゃ……」

「そうだぞ弦之介デブ。時雨はお前みたいに腹が出るほど食わないし、光と違って栄養がきちんと体を巡ってるんだ」

「うるせぇよ」

「おいこらそれどういう意味だ。言い方によっては八重あんた自身が回転寿司になるぞ」


――八重の皿はいつの間にか40枚に到達していた。


「八重……食べすぎじゃない?」

「いーの。俺は仕事で動き回ってるからな。弦之介みたいに食べすぎても腹は出ないし、光と違って体も大きくなる」

「――よーし分かったぶっ殺してやる!」

「は!チビがいきがるんじゃないよ!せめて彼氏の1つでも作ってから俺に意見するんだな!」

「んだとコラァ!!」

「お前その言葉は俺にもダメージ来るんだけど!?」

「馬鹿が!身長170センチ以下には人権がないこと忘れたか!せめて175センチ俺くらいになってから彼女を探すんだな!」

「それ戦争だぞゴラァァ!!」



ワチャワチャと迷惑にならない範疇はんちゅうで喧嘩する3人。そんな3人を石蕗は優しい目で見ていた。


「……いい友達だね」

「いい……のかなぁ?」

にぎやかでいいじゃないか」


石蕗は過去の記憶を思い出しながら話す。


「もう一人になろうとはしなくなったのかい?」

「……楽しかったから。『この人八重とずっと一緒にいたい』って思っちゃったから」

「それでいいんだよ」


静かに微笑む。


「なんとかなる。幽霊だかなんだか知らないけど……必ずなんとかなるから」

「……ありがとうございます」




食事は終わった。溶けきったお金。だが渡された金なのでダメージは実質ゼロ。寿司をたくさん食べたというのに、罪悪感は一切ない。


さて。言われていたのは『食事』だけではない。霊に対抗するためをする場所まで足を伸ばした。


「じゃあ行ってくるわ」

「……ほんとに行くの?」

「当たり前だろ。なんのためにあんだけ食べたと思ってんだよ」


真っ赤になってる時雨の肩を抱き寄せながらへ向かおうとする。


「なんだ。うらやましいのか?」

「なわけないでしょ」

「変に心配しなくても、時雨とは初めてじゃないし。確かもう3回くらいは――」

「――い、言わなくていいから!」


ペシペシと八重を叩く。


「じゃ、行ってくる」

「早く済ませてこいよー」




2人を見送った後の車はさみしく。あまり接点のない3人の間には気まずい空気が流れていた。


(……話題がないな)


かたや八重の友人。かたや時雨の友人。かたや時雨の元担任。絶妙ぜつみょうに接点からズレている。誰とでもできる世間話はもう終えた。陽キャ側に寄っている弦之介でも手札が切れてしまったのだ。


どこかで時間を潰すといっても場所がない。肝心の2人が性行為セックスおよんでいるとはいえ、今はかなり深刻な状況と言える。まず遊びで時間を潰すのは無理だ。


コンビニ。ファミレス。カフェ。どこもこの3人で行くのには躊躇ちゅうちょする。だから選んだのは車の中。近くのコインパーキングに停めて2人が終えるのを待っていた。



痛くなるほどの静寂。雨粒がボンネットに当たる音だけが車内に響く。止まったように動かない空間を動かしたのは――光であった。

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