第21話 見るからにダメそう

時間にして30分ほど。徳島市の大通りを少し抜け、もはや無いも同然となった商店街を横目に直進、しばらく道なりに進んだ場所――そこが目的地であった。


安そうなアパート。昔に時雨が住んでいたアパートよりかは綺麗。だが『比較的に』という枕詞まくらことばは付いてしまう。


鬱蒼うっそうと生いしげる雑草。びた金属の匂い。雨の匂いと混ざると不快度は上昇する。


「……ここ?」

「ここ」

「なんか霊をはらってくれるどころか、霊に取りかれそうなんだけど」

「いいからいいから。雨に濡れると風邪引いちゃうだろ。早く行こうぜ」


『まぁここまで来たからには』と4人は弦之介について行くことにした。



202号室。郵便受けにはパンパンに新聞が詰まっている。……心配だ。


後ろで心配そうにしている八重たちをスルーして弦之介は扉を叩いた。


「――おい、いるか!?弦之介だ!」


……居ないのか――と思ったばいきなり扉が開いた。思わず4人がびっくりする。


「――オオ弦之介!!」


――出てきたのは黒人の大男。サングラスをかけて紫色のパーカーを着た……ラッパーみたいなやつだった。




「久しぶりダナ弦之介!」

「おうよ海月くらげ!」


部屋の中へと通される御一行ごいっこう。中はかなり散らかっており、とても人が生活できるとは思えない。


食べ終わった容器。先週号のジャンプ。そして差し押さえ予告通知――ダメだ。何がダメかと問われれば『全部』と言ってしまいたくなるほどダメだ。


どこをどう見ても不安要素しかない。目線を変えれば変えるほど不安が大きくなってきてしまう。


「紹介するぞ。こいつは萩野はぎの海月くらげ。見ての通りの日本人だ」

「見て分かるわけねぇだろ」

「まぁハーフだしな」

「ドウゾよろしク!!」

「あ、ど、どうも」


流されるまま握手をする。


「あの……大丈夫なの?この人幽霊とはかけ離れてそうな見た目だけど」

「ダイジョウブだヨ。職業はラッパーけんだかラ!」

「――よし!まずは戻るか!」

「賛成」

「待って!ちょい待って!」


ダメそうなので時雨を連れて車に戻ろうとした時――。




「――そこのオンナノコにいている幽霊の件ダロ?」


海月が言った。


「……分かるのか?」

「霊が見えなきゃレーバイシは勤まらないゾ?」

「幽霊がどんな姿かは分かるのか?」

「髪は肩くライ。白いワンピース。細身だネ」

「……信じよう」


八重は海月の前にドンと座る。


「なんとかできるのか?」

「ちょっと見せてくレ」


時雨に向かって手招きをする。少しおびえながらも時雨は八重の横に座った。


「――」


10秒。20秒。30秒と時雨を見つめる。そして――。


「――50」

「?」

「50万。用意できるカ?」

「本当になんとかなるなら」

交渉こうしょう成立せいりつだナ」


海月はニヤリと笑って立ち上がった。


「本当なら前払いだが……時間が無さそうだシ。今回だけは後払いで済ませてやるヨ」


ゴミの山をあさり――安物の財布だ。財布の中身を確認している。


「お前。今はいくら持ってル?」

「あ?……だいたい2万くらいだけど」

「そうか――ほれ」


――三万円を八重の前に放り捨てた。


「飯」

「……はい?」

「飯を食ってないダロ」

「まぁ……うん」

「これで飯を食ってこイ。そうだな……寿司がいい。魚も肉も卵も。色んな物を満遍まんべんなく食べてこいヨ」

「ちょ、話が見えてこないんだが」


困惑する八重たちに海月はゴミを漁りながら説明する。


「幽霊、特に悪霊はを持っている。普通の人間が対抗するためには逆のが必要ダ」

「どういうこと?」

「食べて、寝て、動く。人は生きようとする意志を持つことで悪霊に対抗できるんダ。だから飯をたらふく食べてこイ。全員だぞ?近くにいる奴が生命力に満ちていれば更に効力が強くナル」

「な、なるほど」


話している奴の見ために目をつむれば、海月の言うことには説得力があった。


「あとお前。その子との関係ハ?」

「俺?俺は時雨の夫だ」

「そうか。ならしてこい」

「オッケー。分かった――――」



空気が凍る。――数秒後。時雨の顔は真っ赤に染まった。


「――――な、なな、何言ってんだお前!?」

「言ってるだロ。セックスしてこいっテ」

「なんで!?なぜに!?」

「幽霊は不浄ふじょうなものを嫌ウ。1番効果が高いのはセックスだ」

「……反論したくても何故か出来ねぇ」

「どうせ初めてじゃないだロ?時間もないんだしさっさとヤってコイ」

「ぐっ――はいはい行くよ!」


音を立てて立ち上がる。


「お前ダメだったら分かってんだろうな!?」

「分かったらさっさと行ってコイ。しっかり食べてしっかりヤるんだぞ」

「――うるせぇ!」


捨て台詞のような言葉を吐き捨てて5人は部屋から出て行った。




「――さて」


海月はスマホを取り出した。


「一応、ナ」

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