第18話 それの名前

――少し前。


八重、弦之介、石蕗は『阿波あわ野原のはら製紙せいし株式会社』まで来ていた。


学校の時とは違い、きちんと石蕗がアポイントを取ってくれている。なので3人はスムーズに応接室まで通された。


「さすがに大人だな」

「俺ら23だぞ」

「予約無しで小学校に入ろうとする奴を大人とは言わない」

「金返さない奴も大人とは言いにくいんじゃないか?」

「それとこれとは話が別だ」

「お金は返さないとダメですよ。金の貸し借りは友情を壊します。あと……愛も」

「えらい重みがあるな」



なんて駄弁だべっていると――扉が開かれ、スーツ姿の男が入ってきた。


「どうも岩尾いわお晴太はるたです」

「辻石蕗です。本日は突然すみません」

「叢雲です」

「沖見です」


岩尾が椅子に座る。


近藤こんどうさんから話を聞いています。叢雲さんが……時雨ちゃんの彼氏さん?」

「夫、です」

「あぁ、すみません。そうか……そんなに時間が……」


遠い目をしている岩尾に石蕗が切り出した。


「そのことでなんですが……時雨ちゃんのお父様である『青谷喜久あおたによしひさ』さんについて話を聞かせてもらえませんか」

「話っていうのはどんな?」

「例えば人柄とか……死ぬ直前のこととか」

「……優しい奴でした」


少し微笑む。


「頭が良くて優しい。それでいて家族思い。ほんとに非の打ち所が無い奴でしてね。そんな奴だから人には好かれていました。常に人に囲まれてたっけな」

「さすが時雨の父親だな」

「ただ……」


言葉が詰まった。


「少々……かなりの人たらしでしてね。よく喜久のことを好きになる女の子は多かったんですよ。もちろん喜久は嫁一筋でしたし。全部告白は断ってたんですけどね。……ちょっとヤバい奴がいましてね」

「……ヤバいやつ?」

「死ぬ直前の話にも繋がるんですが――ちょっと待っててくださいね」



近くのたなあさる。「あれでもない」「これでもない」と言いつつ――見つけた。


それは当時のアルバムなようで、お目当てのページを開けて机に置いた。どうやら社内で撮った集合写真のようだ。


「これは喜久が死ぬ一か月前の写真です」

「……うわぁ。時雨と似てる」

「目元のとことかそっくりだな」

「雰囲気はなんだか違いますけどね」


集合写真だが、喜久が誰なのかは一瞬で分かった。それくらい時雨は父親似であった。


「えっと……こいつ周りに女はべらせすぎだろ……」

「モテモテですね」

「まぁ男にも女にも好かれてましたからね――お、いたいた。コイツです」



――岩尾が指さしたのは――とある女であった。髪はセミロング。そして美人。かなり活発そうな女性だ。


その女を見た瞬間、八重と弦之介の背筋は凍りついた。――夢で見た。鏡で見た。あの女とそっくり――否、そのまんまであったからだ。


「八重……こいつ……」

「言わなくてもいい」


偶然か。必然か。恐怖で固まる弦之介に対し、背筋の寒気を楽しめるほどの歓喜に八重は打たれていた。


「この女です。美人でしょ?」

「確かにそうですね」

「時雨には劣りますけど」

「いやぁ俺も『美人だな』って思ってたんですよ。性格も真面目で人当たりもいいし。しかも欠勤どころか、有給すら使ったことがないくらいには仕事熱心。非の打ち所がない――って思ってたんですけどねぇ」

「思ってた?」


八重が聞き返す。


「こいつ喜久に一回フられてから今で言うストーカーになったんですよ。ずっと付きまとったり、嫌がらせしたり、家にまで押しかけてきたり。最終的に警察沙汰ざたにもなりましたね」

「……この人は捕まったんですか?」

「はい。捕まりはしたんですが……うーん……」


出ししぶるかのような岩尾は話す。


「……死んだんですよ。自殺です」

「自殺……やっぱり好かれていないのを悲しんでのですかね?」

「それだったらいいですけど……死に方がおかしくてですね」

「おかしい……とは?」

「よく魔法やら魔術やらで『魔法陣まほうじん』とかってあるじゃないですか。それを書いてたんです。留置所の中、床を埋め尽くすくらいの大きさを。しかも自分の血で」


さらにはカラスの死体を四方に散りばめ、がしたであろう自分の爪をカラスに突き刺して。死に方だって自分の手首を切り落としての失血死。


カラスの死体などどうやって手に入れたのか。なぜ看守はこんな大掛かりな自殺に気が付かなかったのか。まずなんのために――。


どう見たっておかしい。呪術じゅじゅつとか魔法とか――そんな非現実的なものを行った形跡けいせきがあったそうだ。


「薄気味悪いですよね。僕も数日間は眠れませんでしたもん。ましてや当の本人なんか……」

「……女の名前とかって覚えてたりします?」

「はい。名前は――――」


――電球がチカチカと点滅し始める中。岩尾は言った。


「――――――雨宮あまみや祐希ゆうきです」

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