第16話 混濁する運命
「…………え?」
「……ごめん何言ってるのか分かんない」
「そ、そのまんまだよ。祐希ちゃん?って誰なの?」
「誰って……祐希ちゃんだよ!?
「知らないよ!私は
「い、いや、いやいや、だって――」
そんなわけがない。居ないなんてことあるわけがない。だってずっと一緒にいた。3人で兎が死んだのを見つけて、時雨が祐希ちゃんを殺してるのを――。
「――あれ」
――思い出せない。正確には今の部分しか思い出せない。
遠足は?授業の時は?運動会は?……思い出せない。時雨と一緒に居たことだけは覚えている。
だが祐希はそこに居たのか。そこが、そこだけが思い出せない。
「え?え?あ、え、え?」
モヤがかかったようにとかそんなレベルじゃない。自分の手すら見えないほどの暗闇が記憶を覆っている。
居たのか。本当にそんな子は居たのか。じゃあなんでこの記憶だけがあるのだ。なぜ。なぜ――。
「……ごめん。ちょっとトイレ行ってくる」
「だ……大丈夫?」
「大丈夫だよ。私がおかしいだけだから。時雨が気に病む必要は無いからね」
「うん……」
そう言って光は席を外した。
用を足して洗面所へ。手を洗って――光は鏡を見つめた。
「……おかしいのかな。私が」
顔は普通。うっとりするほど自分の顔はいい。あのような夢を見るのは嫌だが、眠れないわけでもない。目に
じゃあ……やっぱり時雨がおかしいのか。だって知らない人を友人として思っていた、など聞いたことがない。
それに確かにあるのだ。記憶に刻まれているのだ。3人で居た記憶が。
「じゃあ……でもなんで……?」
だけど――やはり思い出せない。3人で居た記憶以外のことが思い出せない。
本当に居たのか。実在していたのか。卒業アルバムは実家だ。今は祐希の存在を知るすべがない。
「――あーもういいや。考えないようにしよう」
臭いものには
寝起きでボケている可能性もある。とりあえず時雨は顔を洗おうと蛇口を
――水と共にベタベタの髪の毛が出てきた。
「――――へ?」
驚きのあまり固まる光。――突然、電球もチカチカと点滅し始めた。
「な、なに?」
風呂場からラップ音。
いきなり倒れるハンドソープ。
次々と光の周りで変な現象が起きていく。光、音、生暖かい感覚。五感が恐怖を光に叩きつけてきた。
――バン。と、一際大きな音が鳴った。その方向に顔を向ける。
「ひぃっっ――――!?」
手形だった。洗面台のガラスに赤黒い手形ができていた。それも今付いたかのように新しい手形。
真っ赤なのは血だ。みずみずしい手形から涙のように血が下へと落ちていく――。
――走り出した。怖かったのだ。とにかく怖かった。一人でいるのも。あの場にいるのも。
自室へと飛び込むように入る。
「て、光ちゃん――――?」
言い終わる前に子兎のように時雨に抱きついた。
「どうしたの?」
「……」
何も言わない。何も言わずに時雨のお腹に顔を
「な、なにかあったの?」
その震え方があまりにも異常だったから。時雨は母親のように光を抱き締めながら頭を
「……大丈夫だよ。私がいるからね」
あまりにも時雨の言葉は優しく。あまりにも穏やかで。光の恐怖は一瞬だけ
――だがそれも
「故障かな?」
「え――ここも――」
――扉が急に閉まった。大きな音。2人同時にビクリと肩を跳ねさせる。
「か、風……だよね?」
その言葉を否定するかのように窓のカーテンが勝手に開いた。
写真立てが勝手に倒れる。
クローゼットが勝手に開く。
観葉植物の葉が触れてもないのに引きちぎられる。
さっきと同じ。謎の怪奇現象が2人の五感を刺激した。
子供のように抱き合う2人。恐怖に震えていても現象は収まらず。むしろ勢いを増すばかりであった。
――バン。
窓に――手形が――。またさっきと同じ。赤黒い血の手形が。だがさっきと違う点がある。
――バン。
――バン。
――バン。
バンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバン。
――ドン。
手形が窓を覆い尽くした。
窓が出血したかのように血を流している。流れた血は下にある光のベットへと落ちていく。
血はまるで人の跡のように血溜まりになっていく。
――窓から手がゆっくりと飛び出してきた。
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