第14話 それでも先へ

――だがここまで来て止まるなんてことはできない。時雨のためにも。そして自分の好奇心のためにも。


とは言っても情報はこれ以上ない。ここへ来れたのだって幻覚を見れたからだ。むしろ今まで都合が良すぎたのだ。


「もうやめないか?これ以上探ってもろくな目に合わない気がするぞ?」

「それは却下だ」

「でも情報もないんだしさぁ」

「うーん……」

「――情報、と言うと気になることが1つありますよ」


石蕗が口を開く。


「気になること?」

「はい。私は担任でしたから、時雨ちゃんの家に家庭訪問する機会があったんです。そこで時雨ちゃんのお姉さん……村雨さんから色々話を聞きました」


石蕗はもう一つ新聞を机に出した。


「これは時雨ちゃんの実の両親が死んだ時の新聞です」



――変死。村雨が死んだ時の見出しと同じだ。これ以外にも気になる情報がいくつもある。


父親は身体中を刺されて死亡。母親はによる大量出血により死亡。どうやら母親は何らかの理由で野外で出産したようだ。


生き残ったのは当時5歳の村雨。そして――産まれたばかりの時雨。大雨の中、村雨が時雨を抱いて歩いているところを保護されたらしい。



「「…………」」

「私も初めて見た時は驚きました。あの子がこんな壮絶そうぜつな経験をしているとは……」


声を失った。あの子が。時雨が。あの優しい笑顔が頭をよぎる。


固まっている2人を気にしながら、石蕗は新聞のとある部分を指さした。


「話を聞くに……もし新たな情報を知りたいなら最古の情報を探すべきです。つまり――時雨ちゃんの両親が死んだ時のことを調べる」


指を指した場所には『阿波あわ野原のはら製紙せいし株式会社につとめる――』と書かれてある。時雨の父親が働いていた会社だ。


「もし情報を知りたいならここへ行くべきです」

「……ありがとうございます」


八重が立ち上がる。


「ま、待て!行くのか!?本当に!?ヤバくないか!?」

「ヤバいから行くんだ。これら全てのことが関連してるなら、時雨が危ないかもしれない」

「でもよ――」

「――あの、もしよろしければ、私も連れて行ってくれませんか?」


石蕗も立ち上がった。


「え……別にいいですが……仕事は……?」

「もう担任はしていませんし、どうせひまですから」

ひまって……まぁいいや。車持ってます?」

「持ってますよ」

「じゃあ弦之介は帰っていいよ」

「え?」


目を丸くする弦之介。無視して八重と石蕗は部屋から出ようとする。


「いやぁ年長者がいると安心感が違いますね。あいつビビりだし頼りなくて」

「私もまだまだ若いですよ」

「……ま、待てよ」

「時雨の父親がつとめてた会社ってどこにあるか分かります?」

「ちょうどそこの会社に友人がいるんです。ナビは任せてください」

「さっすが!」

「――――あぁもうわかったよ!!行きゃあいいんだろ!!なんか同じような会話さっきもした気がするんだけど!?」


ぬるくなったお茶を飲み干し、弦之介は2人の後を走って追いかけた。






物を。人を。大きいものを引きずる音がする。木造の床がミキミキと音を立てて揺れる。


「あー……はぁ……あーあー」


――時雨だ。まだ幼い頃の時雨がを引きずっていた。


「疲れるなぁ。疲れるなぁ」


床には筆で描いたかのような赤い線ができている。引きずられている人は……老人だ。顔面を何かでグチャグチャにされている。


小さな時雨は疲れながらも恍惚こうこつとした表情をしていた。満たされたかのような。達成感が染みているような。


「もーうちょっと、もーちょっと。早くしないとお姉ちゃんに怒られちゃう」


鼻歌と引きずり音が混ざった音は――とある場所でピタリと止んだ。



「――ねぇ光ちゃん」


光はおびえた表情で立っていた。今の大人の姿ではなく、小学生の頃の姿である。


「覚えてる?ミクちゃんがなんで死んだのか」

「……」


首を横に振る。


「そうだよねぇ、忘れてるよね。私もあんまり覚えてないもん。それじゃあ――祐希ゆうきちゃんが死んだことは」

「え…………?」

「いつも私と光ちゃんと祐希ゆうきちゃんの3人で居たよね。毎日のように3人で帰ってさ、3人で遊んでさ。ずーっと一緒って言ってたよね」

「あ――あぁ――」

「私の家で遊んでた時にさ。見たんだよね。血塗ちまみれで倒れている祐希ゆうきちゃんと包丁を持った私」

「違う違う違う……違う……!!」

「忘れてたんだよね。忘れようとしていたんだよね。私が大好きだったから。私と一緒に居たかったから。実は――祐希ゆうきが嫌いだったんだよね。祐希ゆうき邪魔じゃまだったんだよね。祐希ゆうき嫉妬しっとしていたんだよね」


光が床に座り込む。頭を抱えて涙を流す。嗚咽おえつを漏らす。


「だから記憶を消した。忘れた。忘れようとした。――本当は知ってたんでしょ。私が祐希ゆうきちゃんを殺したこと。私がお爺ちゃんとお婆ちゃんを殺したこと。お姉ちゃんを殺したこと。叔父おじさんと叔母おばさんを殺したこと」

「違うもん!するわけない!時雨がするわけないもん!」

「もう私の周りはみんな居なくなったよ。嬉しかったよね。私とこれでずっと一緒に入れる。二人っきりで――あ、でもダメだね。あと一人殺さないと。ずっと一緒にいるためにはを殺さないと」


死体を捨てて光の肩を叩く。


「ねぇ。分かるよね」


耳元でささやく。


「分かるよね。誰を殺すのか。殺すべきなのか」


甘い声で。


「ずっと一緒に居たいんでしょ?」


優しい声で。


「私――は――」

叢雲むらくも八重やえ。アレが1番邪魔だ。アレさえ居なければ私と一緒に生きられる。一緒に居れるよ。――アレを殺そう。殺そう。ね?殺そう。殺して。殺せ。殺せ」

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