第13話 狂気と疑問の狭間で

応接室おうせつしつまで通された八重と弦之介。2人の前にお茶が置かれた。


「本日はどのようなご要件で?」

「少し聞きたいことがあって。青谷時雨さんってご存知ですか?」

「――はい、知っていますよ。なんなら私が担任でした」

「え!?本当ですか!?」


思ってもみない収穫。目の前にらされたえさに食いつかぬ魚はいない。


「時雨は――」

「待ってください。まず貴方あなたたちは誰ですか?」

「あーそうだった忘れてた。私は叢雲むらくも八重やえ。時雨の婚約者こんやくしゃ……です」

「付きいの沖見弦之介です」

「これが証拠しょうこです」


左手の薬指にあるを強調しつつスマホを見せる――婚姻届こんいんとどけの写真だ。そこには時雨と八重の名前が書かれてある。


「へぇ……時雨ちゃんが結婚か……」

「時雨はどんな子だったんですか?」

「静かでいい子でした。口数は少なかったけど……いつも周りに人がいた。孤立はしていませんでしたね」


同じだ。光が言っていた時雨の人物像と同じようなことを言っている。この場でわざわざ嘘をつく理由もないし、多分本当のことだ。


――ならば尚更なおさらおかしい。あの夢はなんだったのか。天地がひっくり返っても時雨のことが大好きであろう光ですら『時雨が狂っている夢』を見ているのだ。


まさか心の底で時雨のことを――そんなわけがない。確信して言える。


「……それともう一つ」


あと1つ。時雨の祖父母の家でのことだ。ここへ来たのは時雨の過去の幻覚を見たから。あれがならば――。


「時雨はここに最初から居たわけではありませんよね?」

「はい。4年生の時くらいに転校してきましたね」

「……その時の家族構成って」

「確か……お姉さんと2人暮らしでした」


――確信した。家で見たものは本物の景色だ。本物の時雨の過去だ。


「じゃあ今までの夢は……」


何も分からない。頭がこんがらがってきた。今までのは偽物か。偽物ならなんであんな夢を見た。そもそも家でなぜ時雨の過去の記憶が――。



「――あの。時雨ちゃんは元気にしていますか?」


石蕗の声で思考が少しクリアになった。


「え、あぁ、元気……です」

「そうですか。良かった……あの子、家族を失った時、自殺しようとしてたんですよ」

「――え」


八重が聞き返す。


「詳しく教えてくれませんか?」

「いいですよ。あの子が小学校を卒業して1年くらいかなぁ――」




石蕗の仕事が終わり、家へと帰宅していた時のこと。


いつも通っている交差点まで来た時に石蕗は時雨を発見した。「こんな夜中に何をしてるのだろう」と思った矢先――道路に時雨が飛び出した。


トラックと衝突する寸前。間一髪かんいっぱつのところで石蕗が時雨を引き戻す。トラックの運転手は驚いた顔はしていたが、そのまま走り去っていった。


「――何をしてるんだ!?」

「な――なんで――」

「なんでもかんでもあるか!何があったんだ?先生に言ってみなさい!いじめられたのか?それとも――」

「――うぅぅうああああっっっ!!」




「――そうしてひとしきり泣いた後にどこかへ行っちゃってね。もう心配だったけど……無事で良かったよ」


石蕗の顔は優しく。本気で心配をしていたようだった。この人も時雨のことを心の底から想ってくれている。短い問答もんどうで八重はよく分かった。


「あの……実は――」



八重は本当のことを話した。時雨の叔父おじ叔母おばが死んでから、時雨が自殺未遂を繰り返すようになったこと。夢を見たこと。祖父母の家での出来事。


最初は半信はんしん半疑はんぎで聞いていた石蕗だったが、八重の真剣さに圧倒されて信じるようになった。


「……」

「信じられませんよね。僕も頭がわけがわかんなくなってて」

「――時雨ちゃんのお姉さんが死んだことは知っていますか?」

「知りませんでした。……まぁ今までのことからして何となく予想はついてましたが」

「ちょっと待っててください」


石蕗は一旦応接室おうせつしつから出ていった。――しばらくして戻ってくる。その手には新聞がにぎられていた。


「学校はですね、工作とかでよく新聞紙を使うんです。だから古いのも長く取ってましてね。――これは時雨ちゃんが自殺しようとした次の日に出された新聞です」


渡された新聞を2人で見てみる。



『アパートの一室で変死体発見』

徳島県牟岐むぎ町〇〇〇〇〇〇〇〇-〇〇で青谷あおたに村雨むらさめさん(19)が倒れているのを、同アパートに住む橋本はしもと菜々美ななみさんが見つけ、110番した。警察がけ付けたところ、村雨さんは両手足を何かでじ切られて、既に死亡していた。



記事の内容は上記の通り。誰がやったのか。凶器は。まず殺人事件なのか。その全てが謎ということが書かれてある。


異様。異常。表す言葉は数あれど、それらは口から出せない。


――似ていた。この前の陸と萩花の死と。誰が、なぜ、どうやって。これら一切が不明な点が。


殺され方の違いから、事件同士の関係は一見なさそう――されども本能的に八重と弦之介はだということに気がついた。


「……弦之介」

「……なに」

「俺たちは何か……ヤバい所に踏み込もうとしてる気がするんだが」

「……奇遇きぐうだな。同じことを思ってた」

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